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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第五章 名前を奪う光、歪に癒着する箱庭
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盤上の静観者と、美しき劇薬

――side. 宮藤 玲茄――


深夜零時。

凉と茉依は寝室へ向かい、リビングには静寂が降りていた。

私は一人、ダイニングテーブルに座り、冷めきったコーヒーカップの縁を指先でなぞっていた。


「……見事な手際ね、本当に」


暗闇の中、ぽつりとこぼした言葉は、誰に向けたものでもない。

私立折崎高校生徒会長、折崎美琴。

彼女がこの数日で盤上に打った手は、私が想定していたどんな外部の人間よりも、洗練されていて残酷だった。


これまでの大人たち――嵐田や高良田のような人間――は、あくまでこの箱庭の外側から、私たちを"異常"だと決めつけて攻撃してきた。だからこそ、論理と数字で反証し、壁を高くすることで弾き返すことができた。


だが、彼女は違う。

凉への強烈な執着すらも、一切の疑いを持たない"善意"と"正しさ"という武器にすり替えて、内側へ入り込んでくる。

仕事を奪うのではない。肩代わりしてあげる。

排除するのではない。お客様として丁重に扱う。


悪意がないからこそ、拒絶できない。

その真綿で首を絞めるような包容力は、アイデンティティの基盤が脆くなってしまった茉依にとって、猛毒に等しい。


「……玲茄」


ふと、背後の暗がりから声がした。

振り返らなくてもわかる。悠希だ。彼女は音もなく私の隣に歩み寄り、空のグラスをテーブルに置いた。


「茉依、だいぶ参ってます。さっきも洗面所で、ずっと過呼吸みたいに息を荒げてました」

「そう。想定よりも少し早いわね」


悠希は私の顔をじっと覗き込み、首を小さく傾けた。


「私たちが、動かなくていいんですか? あの会長さん、このままだと茉依を壊しちゃいます」

「ええ。だから、動かないのよ」


私はコーヒーカップから手を離し、悠希へ視線を向けた。


「悠希。折崎美琴をここで私たちが排除しようとすれば、どうなると思う?」

「……凉くんが、悲しむ?」

「正解。彼女は凉にとって、かつての絶対的な庇護者よ。それを私たちが露骨に攻撃すれば、凉の中で美琴さんは"被害者"になり、私たちは"加害者"になる。そんな亀裂、この場所には必要ないわ」


視線を再びテーブルに落とし、コーヒーカップの側面を指でなぞる。


「美琴さんは、最高の"劇薬"よ」

「……テスト、ですか」

「そう。……彼が本気でこの箱庭の"主"として私たちを管理する覚悟があるなら、美琴さんという光を捨ててでも、茉依の闇を塞ぎに来るはずよ」


凉は優しい。優しすぎるがゆえに、本質から目を逸らす癖がある。

だが、茉依が修復不可能なほど砕け散ったとき、彼は必ず選択を迫られる。


「悠希。あなたには一つ、指示を出しておくわ」

「はい」

「今後、茉依がどれだけ助けを求めてきても、どれだけ自滅しそうになっても、あなたは絶対に手を差し伸べないで。ただ、何も見えないふりをして、凉の後ろに隠れていなさい」


それは、双子の姉を見殺しにしろという、冷酷な命令だった。

しかし、悠希は一切の躊躇を見せず、静かに、そして深く頷いた。


「わかりました。玲茄がそう言うなら、私は何もしません」

「いい子ね」


私は立ち上がり、悠希の頭を優しく撫でた。


盤面の駒は、理想的な配置につきつつある。

美琴はこのまま茉依を削り続け、茉依は誰にも言えないまま一人で溺れていく。

そして凉は、ギリギリになるまでそれに気づかない。


「……さあ、見せてちょうだい。折崎美琴」


窓ガラスに映る自分の顔が、ひどく冷たい笑みを浮かべているのが見えた。


「あなたが凉に見せる過去の憧憬が勝つか、私たちが創り上げたこの歪な楽園が勝つか。……さて、どう転ぶかしらね」

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