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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第四章 汚された盤面と、それを拭う冷たい手
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ノイズの出処

――side. 中里 悠希――


昼休み。

私たちは、普段はあまり使われない空き教室に集まっていた。

凉くん、玲茄、茉依、そして協力をお願いした優花と綿部くんの六人。


「……で、悠希。あの張り紙のことで、気になることって?」


綿部くんが、扉の向こうに人の気配がないことを確認してから口を開いた。


私は無言で自分のスマートフォンを操作し、テーブルの中央に置いた。

画面に映っているのは、金曜日の夜から拡散され続けている、あの忌まわしい張り紙の画像だ。


「この紙の"サイズ"です」


私は画面をピンチアウトし、張り紙の端が拡大されるようにした。


「よく見てください。張り紙のすぐ隣に、半分だけ見切れているプリントがありますよね。これは毎月発行されている『進路だより』です。進路だよりは、必ず"縦A4サイズ"で印刷されています」


私は凉くんの顔を見上げ、それから画面に戻した。


「このA4の紙と、後ろのコルクボードの枠、それから画鋲の大きさの比率を計算しました。……この張り紙、A4ではありません。一回り大きい、B4サイズです」


「B4……」

優花が顎に手を当て、目を細める。

「確かに。言われてみれば、この張り紙は横向きだから、A4だったらサイズが違うね」


「はい。そして、ここからが重要です」


私は言葉を区切り、皆の顔を見渡した。


「一般家庭に普及しているプリンタは、B4サイズは対応外が多いです。B4を印刷しようと思えば、コンビニのマルチコピー機を使うか……あるいは、業務用のプリンタを使うしかありません」


「なるほど」

玲茄が、ふっと冷ややかな笑みを漏らした。

「わざわざ外のコンビニで、こんなリスクのあるものを印刷するかしら。……学校内で印刷したと考える方が、自然ね」


「私もそう思いました」

私は頷き、言葉を続ける。


「なので、一時間目の終わりの休み時間に、佐藤先生にそれとなく聞いてみたんです。『文化祭の準備で、少し大きめのB4サイズでポスターのテスト印刷をしたいのですが、学校のプリンタで印刷できる場所はありますか?』と」


私がそう言うと、茉依が目を丸くした。


「えっ、いつの間にそんなこと聞いてたの!? 私、全然気づかなかった……」


「先生はこう教えてくれました。学校でB4用紙に対応しているプリンタは二台だけ。一つは職員室のメイン機。もう一つは、一階の事務室の奥にあるサブ機だと」


「職員室のメイン機は、常に誰かしら教師の目がある。あんな内容の張り紙をこっそり印刷するには、リスクが高すぎるな」

凉くんが、腕を組みながら低い声で言った。


「はい。となると、残るは事務室のサブ機です」


私はスマートフォンの画面を消し、静かに結論を口にした。


「事務室なら、職員室よりも人の出入りが少なく、死角も多い。……犯人は、事務室のプリンタを使って、この張り紙を印刷した可能性が高いと思っています」


空き教室に、ピンと張り詰めた静寂が落ちる。

証拠の尻尾は、すでに見えている。あとは、それを掴み上げるだけだ。


「……でも、問題があるわね」

玲茄が、凉くんの背中におぶさったまま首を傾げた。

「事務室の奥のプリンタ周辺に、一般の生徒が立ち入るのは不自然すぎるわ。教師に見つかれば、それこそ怪しまれる」


「……だから、ボクたちの出番ってわけだ」


優花が、小さく笑いながら手を挙げた。

彼女の瞳には、学級委員長としての優等生な光ではなく、共犯者としてのスリルを楽しむような光が宿っていた。


「ボクと隆一なら、『佐藤先生に頼まれた事務用品を取りに来た』という名目で、堂々と事務室の奥まで入れる。でしょ?」


「助かるわ、優花、隆一」

玲茄が、凉くんの首筋に顔をグリグリしながら微笑む。

「高良田が私をマークしている以上、私が動けば必ず嗅ぎつけられる。今回は、あなたたちにお願いしたいの」


「任せとけって。俺たちも、お前らが理不尽に叩かれるのは胸糞悪いからな」

綿部くんが、力強く頷いた。


「おそらく、印刷されたのは先週の木曜日か金曜日。B4サイズで、たった"一枚"だけ出力された履歴。……それを見つければ、犯人が絞れます」


私は、自分の声が微かに冷たく、研ぎ澄まされていくのを感じていた。

凉くんを、そして私たちの日常を脅かすノイズは、私がこの手で徹底的に解析し、排除する。



――side. 白峰 優花――


昼休み終了の十五分前。


ボクと隆一は、一階の事務室の前に立っていた。

ガラス戸越しに中を窺うと、予想通り、昼食時で事務員の数は半分以下に減っている。


「行くぞ」

隆一の短い合図に頷き、ボクはガラス戸を開けた。


「失礼します」


事務室の中は、独特の紙とインクの匂いが漂っていた。

カウンターの奥で、年配の事務員がお弁当の片付けをしている。


「あら、どうしたの?」

「すみません。二年A組の白峰です。担任の佐藤先生から、来月の行事で使うB4サイズの用紙を、奥の棚から少し補充してくるように頼まれまして」


ボクは、学級委員長としての「最も信頼されるトーン」の声を完璧に作り上げた。


「ああ、佐藤先生の。B4用紙ね、奥のプリンタの横の棚に入ってるわよ。わかる?」

「はい、以前も取りに来たことがあるので大丈夫です。ありがとうございます」


ボクたちは怪しまれることなく、カウンターの内側へ入り、事務室の奥――パーティションで区切られたサブプリンタのスペースへと足を踏み入れた。


大型の複合機が、スリープ状態で静かに鎮座している。


「隆一、カバーお願い」

「おう」


隆一はプリンタの横の棚を開け、用紙を探すふりをしながら、事務員側からの死角を作り出すように立った。彼の広い背中が、完全な壁となる。


ボクは素早くプリンタの操作パネルに触れ、スリープを解除した。

液晶画面が明るく点灯する。


(ジョブ履歴……印刷ログ……これだ)


画面をタッチし、システムメニューから印刷履歴を呼び出す。

ずらりと並ぶ、過去数日間の印刷タスク。

ほとんどがA4サイズ、数十枚単位の印刷だ。小テストや配布物だろう。


ボクは日付を遡る。

先週の金曜日。そして、木曜日。


(木曜日の、放課後の時間帯……)


指先で画面をスクロールするボクの手に、じわりと汗が滲む。

もし悠希の推理が外れていたら? もしログがすでに消去されていたら?

焦燥感が指先を冷たくしていく。その瞬間だった。


『10/×× 17:45 用紙:B4 部数:1』


あった。

周囲の履歴がすべてA4で複数枚印刷されている中で、その一行だけが、ひどく異質に浮かび上がっていた。


「……見つけた」

「マジか。急げ、誰か来る前に」


ボクは震える指を抑えつけ、その履歴の詳細情報をタップした。


画面が切り替わり、詳細なログが表示される。


タスク名:『学校掲示物_注意喚起.pdf』


そして、その下。

ネットワーク経由でこのデータを送信した、ユーザーID。


印刷ユーザーID:『Guest-001』


「……ゲスト?」

隆一が眉をひそめる。

「誰だこれ。匿名アカウントで印刷されてるぞ」


「焦らないで。悠希が言ってた通りだ」


悠希から事前に教わっていた通り、さらに深い階層――ネットワーク詳細ログを開く。

事務室のサブ機は、通常は事務員専用だ。外部の教員がネットワーク越しに印刷を指示した場合、一時的なゲスト扱いになったとしても、『どの端末(IPアドレス)から送信されたか』という端末情報までは消せない。


画面が切り替わった、そこには――


送信元端末名:『PC-ARASHIDA』


液晶画面にはっきりと浮かび上がったその文字列。あまりの衝撃で、一瞬、解読不能な記号に見えた。


「っ!……ビンゴ、だね」


ARASHIDA。


嵐田先生だ。間違いない。

ボクの体温が、急激に下がったような気がした。


ボクは慎重にシャッター音の鳴らないカメラアプリを起動し、光の反射に気をつけながら液晶画面を撮影した。


念のため三枚、画像がブレていないことを確認して、画面を元のトップメニューに戻す。


「終わったよ。紙、持って」

「よしきた」


隆一が棚からB4用紙を数十枚引き抜き、小脇に抱える。

ボクたちは何事もなかったかのようにパーティションから出た。


「ありがとうございました、見つかりました」

「ご苦労様ねー」


事務員のおばちゃんに一礼し、事務室を出る。


背中に冷たい汗が流れた。

振り返らなかった。振り返れなかった。


廊下に出た瞬間、ボクと隆一は顔を見合わせ、深く息を吐き出した。


「悠希のやつ……すげえな。マジでドンピシャじゃねえか」

隆一が、感嘆したように息を漏らす。


「うん。……それに、あの嵐田先生が、こんな陰湿なことをしてたなんてね」


ボクはスマートフォンを握りしめながら、冷めた思いで呟いた。

思えば、嵐田先生は一年の頃から、井神くんたち四人の関係に執拗に絡んでいた。だが、彼らは成績も生活態度も完璧で、問題行動など一つもない。嵐田先生の指導はいつも空振りし、半ば言いがかりのようなものになっていたのだ。


自分の掲げる"正義"が通用しない苛立ち。それが彼を歪ませ、こんな強行手段に走らせたのだろう。

この一枚の画像が、彼らの"居場所"を守るための、最強の武器になる。


「さあ、戻ろう。みんなが待ってる」


ボクたちは、足早に空き教室へと向かった。

反撃の準備は、これで完全に整ったのだ。

少なくともボクは、そう確信していた。

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