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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第三章 有限の楽園 ――あるいは、明日の足音
32/72

第三章・エピローグ

――side. 宮藤 玲茄――


季節は、立ち止まることなく進んでいく。


九月の終わりと共に、まとわりつくような湿り気を含んだ暑さは引き、窓から入る風は少しずつ角を落としていった。


朝の空気には、どこか遠くで咲き始めた金木犀の香りが混じり始めている。甘く、それでいて刺すような冷ややかさを持ったその匂いは、今の私たちを取り巻く状況によく似ていた。


「――よし。家計簿、先月分完了っと」


ダイニングテーブルで、私は一冊のノートを閉じた。

そこには、智里さんとの"契約"通り、『サプリメント代』という名目の支出が、あたかも最初からそこにあるべきだったかのように平然と記されている。


私たちの生活は、あの監査の日を境に、より強固に、より精密に"固定"された。


唯一変わったのは、生活のルーティーンだ。

月曜日の朝、家から直接登校するようになった。

今まで各自の家で行っていた学校の準備を、ここで済ませる。そのささやかな変化が、私たちの結びつきをより一層不可分なものにしている。


登校までの朝の時間。準備を終え、思い思いに過ごすひととき。


「茉依、ダウトだ」

「りょーくん、私ばっかり狙うのやめてよ!」


隣のソファから聞こえる凉と茉依の慌ただしい声。それに続く、悠希の控えめな笑い声。


私はキッチンに立ち、四人分のコーヒーを淹れる。

立ち上る湯気を見つめながら、私は自身の内に蓄積された"管理データ"を更新していく。


家庭内の調和、問題なし。

凉の精神状態、極めて安定。

資金繰りとリスク管理、概ね良好。


……けれど、この完璧な"箱庭"は、周囲の風景から浮き上がりすぎている。


「お待たせ。茉依、あなた顔に出すぎなのよ」

「嘘をついたときに目が泳いでいます」

「ぐぬぬぬ……」


楽しそうに笑う三人の姿を見て、私は満足げに目を細めた。

凉が、私を見て少しだけ照れたように笑う。その首筋には、定期的に私が刻む"報酬"の痕跡が、制服の襟に隠れて密やかに息づいている。


「玲茄、今日も綺麗だね。……十月になったからかな、なんか大人っぽく見える」

「あら、嬉しい。……でも凉、襟が曲がっているわよ」


私は凉に歩み寄り、至近距離でその襟を直す。

彼という太陽を中心に、三人の惑星が正しく軌道を回っている。この引力を、私は守らなければならない。


けれど、学校という場所は、家庭とは違う。

そこは、私たちの理屈が届かない"公共"の場だ。

私がどれだけ家の中を清浄に保っても、外界からの"泥"はどうしても靴の裏について回る。


家を出る直前、私は玄関の鏡で自分の姿を確認した。

紺色のブレザー。清潔なスカート。模範的な女子高生の皮を、完璧に被り直す。


「行こうか」


凉の言葉に頷き、私たちは秋の陽光の中へと踏み出した。

道ゆく人々が、仲睦まじい四人の姿に一瞬視線を送り、そして奇異なものを見るように目を逸らす。


その視線の冷たさが、数日前よりもわずかに増していることに、私は気づいていた。


十月。衣替えと共に、周囲の好奇の目もまた、その質を変えようとしている。

"いたずら"という名の悪意が、目に見えない噂となって、私たちの聖域を浸食し始めているのだ。


金曜の夜、優花から送られてきたメッセージを思い出す。

『――すぐ剥がされたけど、画像は拡散してしまってる』


(……次は、学校(あちら)の認識を固定しなきゃ)


私は凉の隣を歩きながら、秋の風を胸いっぱいに吸い込んだ。


嵐は去った。

けれど、それは次の嵐までの、束の間の静寂に過ぎない。

三章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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