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名を持たぬ魔女  作者: ささこ
暦200編

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第二章 第3話|樹海の内

樹海に入った直後、夜はさらに静かになった。


村の灯りが見えなくなると同時に、足音が重くなる。

湿った地面が靴裏を吸い、歩くたびに余計な力が要った。


子どもたちは列を崩さずに進んだ。

誰かが決めた順番に従い、言われたとおりに前へ進む。それが、今できる唯一のことだった。


泣く者はいなかった。

泣いてはいけないと教えられたわけではない。ただ、声を出す余裕がなかった。


霧は低く、視界は狭い。

数歩先にいるはずの子どもの背中が、ふとした拍子に見えなくなる。慌てて足を速めると、また別の背中が現れる。


同じことが、何度も繰り返された。


時間の感覚は、すぐに曖昧になった。

どれほど歩いたのか、どれほど経ったのかが分からない。足の疲れだけが、確かに積み重なっていく。


「止まるな」


どこからか、低い声が聞こえた気がした。

大人の声に似ているが、誰のものかは分からない。


子どもたちは、言われるまま進み続けた。


やがて、列が乱れ始める。

足を取られて転ぶ者が出て、後ろが詰まる。霧の中で誰かが名前を呼び、小さなざわめきが起きた。


だが、大きな混乱にはならなかった。

理由は分からない。ただ、不思議と、恐怖が膨らまなかった。


代わりに、気配があった。


はっきりとした形ではない。

視線の端に、影のようなものが動く。霧の揺れと区別がつかず、見ようとすると消えてしまう。


「……?」


誰かが小さく声を漏らす。

だが、それ以上の言葉は続かなかった。


やがて、足取りが軽くなる。

地面の感触が変わり、ぬかるみが減っていく。


いつの間にか、列の前方に、淡い光が見え始めていた。


夜明けではない。

だが、闇ではなかった。


子どもたちは、無言のまま、その光に引かれるように歩いた。

振り返る者はいない。後ろを見る余裕も、必要もなかった。


気づけば、霧が薄くなっている。

木々の間隔が広がり、空気が少しだけ軽くなった。


「……ここだ」


誰かが、そう言った気がした。

確かな声だったかどうかは、分からない。


次の瞬間、足元に硬い地面の感触が戻る。

子どもたちは、自然と立ち止まっていた。


そこは、樹海の奥ではなかった。


見慣れた村の外れで、人のいる場所に近い、という感覚だけがあった。


やがて、大人たちの声が聞こえてくる。

駆け寄ってくる足音、呼びかける声。


子どもたちは、一人ずつ、抱き寄せられた。

誰が助けたのか、誰が導いたのかは、誰にも分からなかった。


分かったのは、生きている、ということだけだ。


樹海の方を見ると、霧がゆっくりと流れている。

そこに、何かがいたのかどうかは、判断できなかった。


ただ、あの夜、確かに――

拒まれなかった。

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