第二章 第3話|樹海の内
樹海に入った直後、夜はさらに静かになった。
村の灯りが見えなくなると同時に、足音が重くなる。
湿った地面が靴裏を吸い、歩くたびに余計な力が要った。
子どもたちは列を崩さずに進んだ。
誰かが決めた順番に従い、言われたとおりに前へ進む。それが、今できる唯一のことだった。
泣く者はいなかった。
泣いてはいけないと教えられたわけではない。ただ、声を出す余裕がなかった。
霧は低く、視界は狭い。
数歩先にいるはずの子どもの背中が、ふとした拍子に見えなくなる。慌てて足を速めると、また別の背中が現れる。
同じことが、何度も繰り返された。
時間の感覚は、すぐに曖昧になった。
どれほど歩いたのか、どれほど経ったのかが分からない。足の疲れだけが、確かに積み重なっていく。
「止まるな」
どこからか、低い声が聞こえた気がした。
大人の声に似ているが、誰のものかは分からない。
子どもたちは、言われるまま進み続けた。
やがて、列が乱れ始める。
足を取られて転ぶ者が出て、後ろが詰まる。霧の中で誰かが名前を呼び、小さなざわめきが起きた。
だが、大きな混乱にはならなかった。
理由は分からない。ただ、不思議と、恐怖が膨らまなかった。
代わりに、気配があった。
はっきりとした形ではない。
視線の端に、影のようなものが動く。霧の揺れと区別がつかず、見ようとすると消えてしまう。
「……?」
誰かが小さく声を漏らす。
だが、それ以上の言葉は続かなかった。
やがて、足取りが軽くなる。
地面の感触が変わり、ぬかるみが減っていく。
いつの間にか、列の前方に、淡い光が見え始めていた。
夜明けではない。
だが、闇ではなかった。
子どもたちは、無言のまま、その光に引かれるように歩いた。
振り返る者はいない。後ろを見る余裕も、必要もなかった。
気づけば、霧が薄くなっている。
木々の間隔が広がり、空気が少しだけ軽くなった。
「……ここだ」
誰かが、そう言った気がした。
確かな声だったかどうかは、分からない。
次の瞬間、足元に硬い地面の感触が戻る。
子どもたちは、自然と立ち止まっていた。
そこは、樹海の奥ではなかった。
見慣れた村の外れで、人のいる場所に近い、という感覚だけがあった。
やがて、大人たちの声が聞こえてくる。
駆け寄ってくる足音、呼びかける声。
子どもたちは、一人ずつ、抱き寄せられた。
誰が助けたのか、誰が導いたのかは、誰にも分からなかった。
分かったのは、生きている、ということだけだ。
樹海の方を見ると、霧がゆっくりと流れている。
そこに、何かがいたのかどうかは、判断できなかった。
ただ、あの夜、確かに――
拒まれなかった。




