第三章 Side魔女|樹海の奥にて
樹海の奥では、時間は出来事として積み重ならない。
変化はあるが、記録にはならず、意味も付けられない。
魔女は、静かに座していた。
足元に広がる根の絡まりは、昔から変わらない。
空気が揺れ、いくつかの気配が形を取る。
魔族たちは距離を保ち、整然と並んで頭を垂れた。
「報告です」
魔女は、すでに知っているという顔で、視線だけを向ける。
「外の国々の動きが、落ち着いています」
「例の都についての調査も、打ち切られました」
魔女は、わずかに頷いた。
「そうか」
それ以上は、問わない。
魔族の一体が続ける。
「各国の上層では、共有が進んでいます。
原因は定められていませんが、
“触れてはならない線があった”という理解は一致しているようです」
魔女は、指先で土をなぞった。
柔らかく、湿り気を帯びた感触。
「線は、昔からあった」
独り言のように、そう言う。
魔族たちは、その言葉をどう受け取るべきか迷い、沈黙した。
「ただ……」
魔女は、少し間を置く。
「見えにくかっただけだ」
魔族の一体が、慎重に問いを差し挟む。
「再び、同じ場所に近づこうとする動きは?」
「ない」
即答だった。
「少なくとも、しばらくは」
魔女は、視線を遠くへ向ける。
そこには何も見えない。
だが、見えていることは多い。
「都が消えたことは、事実として残る」
「理由を語らずとも、
事実だけで十分な抑止になる」
魔族の一体が、低い声で言う。
「市井には、伝わっておりません」
「それでいい」
魔女は静かに答える。
「知る必要のある者だけが知ればいい」
「全てを知れば、
また測ろうとする者が出る」
「測らせる必要はない」
それは判断であり、結論だった。
魔女は、ほんのわずかに目を閉じる。
その表情は、満足とも後悔とも取れない。
「一度、終わらせた」
誰に聞かせるでもない言葉。
「それで足りる」
魔族たちは、深く頭を垂れた。
それ以上の報告も、質問もない。
彼らは理解している。
“何が起きたか”ではなく、
“もう起きない”という事実だけが重要なのだと。
やがて、気配は静かに消えた。
樹海の奥に残ったのは、魔女ひとり。
変わらない景色。
変わらない静けさ。
だが、外の世界は、確かに一段階変わった。
魔女は、それを確認するように、静かに息を吐いた。
「……これでいい」
それは、自分に向けた言葉だった。




