第三章 第5話|それ以上を掘らない
調査団が現地を離れてから、数週間が過ぎた。
発掘地には、もう誰も立ち入っていない。
柵が設けられたわけでも、立入禁止の札が立ったわけでもない。
ただ、行かなくなった。
それだけだった。
調査団の長は、提出した報告書の控えを机の上に置いたまま、しばらく手を伸ばさずにいた。
内容は簡素だ。
旧都とされる場所に遺構は見当たらなかったこと。
生活痕は途中で途切れていること。
滅亡の経緯は、記録から特定できなかったこと。
事実のみが並んでいる。
推測も、仮説も、書かれていない。
それで十分だと、上層部は言った。
そして、調査団の誰も、それに異を唱えなかった。
別の調査員は、過去に手がけた発掘記録を整理していた。
戦争で焼け落ちた都市、疫病で捨てられた集落、洪水に沈んだ町。
それらには、共通点がある。
壊れ方は違っても、「終わり方」が見えるのだ。
だが、あの都には、それがなかった。
終わったのではない。
続かなかった。
その感触が、何度思い返しても消えなかった。
「次は、どこを担当しますか」
同僚にそう聞かれ、少し考える。
地図の上には、まだ調査されていない場所がいくつもある。
未踏の遺跡、文献だけが残る集落跡。
だが、あの場所は、そこに含められなかった。
「……別のところでいい」
自然に、そう答えていた。
理由を説明する必要は感じなかった。
相手も、追及しなかった。
書庫でも、同じことが起きていた。
あの国に関する資料は、棚に残っている。
処分も、封印もされていない。
だが、誰も新しい注釈を書き足さない。
誰も、続きを探そうとしない。
話題に出ることも、ほとんどなくなった。
忘れられたわけではない。
だが、触れない。
それが、暗黙の了解になっていく。
ある日、若い記録係が、ふと口にした。
「ここって……掘らないんですね」
それは、確認というより、感想に近い言葉だった。
年長の者は、少し考えてから答えた。
「掘る理由がないからな」
「分からないことは、他にもある」
「全部を知ろうとすると、
今やっていることが、手につかなくなる」
その言葉に、若い記録係は頷いた。
納得した、というより、受け入れたという様子だった。
数日後、調査団の長は、再びあの地図を広げる。
旧都と記された場所。
そこには、何も書き加えられていない。
線を引くことも、
印を付けることも、
説明を書き込むこともない。
ただ、そのままにしておく。
「ここは……」
言葉にしかけて、やめた。
呼び方を決める必要もない。
都があった場所。
そして、今は何もない場所。
それ以上でも、それ以下でもない。
地図を畳み、引き出しにしまう。
その行為は、終わりを告げるというより、
一区切りを付けるものだった。
知らないままでいいことがある。
掘らないことで守られるものがある。
それを、誰かに教えられたわけではない。
ただ、皆が同じ判断に辿り着いただけだ。
こうして、
その都は空白のまま残った。
記録に名はあり、
理由はなく、
説明は要らない。
それ以上を掘らない、という選択だけが、
静かに共有されていった。




