第二章 第5話|それでも回る
街道は、今日も混んでいた。
荷車の列が途切れることはなく、
人の声と蹄の音が、一定のリズムを刻んでいる。
商人は、その流れの中にいた。
特別に儲かったわけではない。
だが、赤字でもない。
帳簿を見れば、
予定どおりの数字が並んでいる。
遠回りを前提にした仕入れ。
宿代も、通行料も織り込み済みだ。
「まあ、こんなもんだな」
それが正直な感想だった。
街道沿いの町は、
どこも似たような顔をしている。
倉庫があり、
宿があり、
市場がある。
人が集まり、
物が動く。
樹海を避けているからといって、
何かが欠けているようには見えない。
商人は、
何度目かになる取引を終え、
荷を積み直した。
護衛と短く言葉を交わす。
「次は北だな」
「いつもの道で」
「分かってる」
確認する必要もない。
いつもの道。
それは、
皆が通る道という意味だ。
商人は、ふと考える。
もし、
あの道を通っていたら。
もし、
誰かが樹海の中を抜ける道を整えていたら。
だが、その想像は長く続かない。
今のやり方で、
困っていない。
多少の不便はある。
余分な金もかかる。
それでも、
商いは成り立ち、
生活は続いている。
「変える理由がねえな」
商人は、独り言のように呟いた。
誰かが損をしているわけでもない。
誰かが強いられているわけでもない。
皆が、
同じ前提で動いている。
それだけだ。
街道の先に、
新しい標石が立てられているのが見えた。
道は、
さらに整えられていく。
樹海を避ける形で。
商人は、
その標石を横目に通り過ぎた。
道が伸びるほど、
樹海は遠くなる。
距離だけではない。
意識の上でも、
あそこは、
用のない場所になっていく。
商人は、
それを寂しいとも、
惜しいとも思わなかった。
ただ、
そういうものだと受け取る。
それで世界が回っているのなら、
それ以上を求める理由はない。
荷車は、
再び街道へと合流する。
人の流れは止まらず、
商いも続く。
樹海を避けたまま、
世界は、
何事もなかったかのように動いていた。




