第二章 第4話|止める人たち
宿場の裏手には、小さな酒場がある。
昼間は開いていないが、
夕方になると、
街道を歩いてきた者たちが自然と集まる場所だ。
商人も、その一人だった。
椅子に腰を下ろし、
薄めの酒を頼む。
賑やかというほどではないが、
静かすぎることもない。
話題は、
今日の天気や、
道の具合や、
次に向かう街のこと。
そんな中で、
誰かが何気なく口にした。
「樹海の近くで、道を切るって話、
聞いたことあるか?」
場の空気が、ほんの少しだけ変わった。
笑いは起きない。
だが、
露骨な沈黙でもない。
商人は、
酒を口に運ぶ手を止めた。
「……やめとけ」
言ったのは、
壁際に座っていた年配の男だった。
顔に刻まれた皺が深く、
この宿場に長く居ることが分かる。
「切るとか、近づくとか、
そういう話は、やめとけ」
理由は、語られない。
「なんでだ?」
若い護衛が、軽く聞き返す。
年配の男は、
しばらく黙っていたが、
やがて短く言った。
「そういうもんだ」
それで終わりだった。
誰も、
詳しく聞こうとしない。
冗談めかして話を続ける者も、
笑って流す者もいない。
商人は、
その様子を見て思う。
怖がっているわけではない。
脅しているわけでもない。
だが、
本気だ。
「昔、何かあったんですか」
別の商人が、
遠慮がちに聞いた。
年配の男は、
視線を上げなかった。
「あったかどうかは知らん」
酒を一口飲み、
それだけ言う。
「だがな、
確かに言えることがある」
場が静まる。
「関わったやつは、
話を残していない」
それ以上は、語られなかった。
誰が。
いつ。
どこで。
何も明かされない。
だが、
その言葉だけで十分だった。
商人は、
自分が同じ立場でも、
同じ言い方をしただろうと思った。
説明できないことを、
説明しようとするよりも。
止める。
それだけが、
一番確かな行動なのだ。
酒場を出るころには、
話題はすっかり変わっていた。
だが、
樹海の話は戻らない。
誰も、
もう一度持ち出そうとしない。
商人は、
夜風に当たりながら、
街道のほうを見た。
遠くに、
緑の影がある。
それを見て、
年配の男の言葉を思い出す。
――話を残していない。
理由は分からない。
真実も知らない。
それでも、
足を向けようとは思わなかった。
止められたからではない。
止める側の真剣さが、
それ以上を必要としなかったからだ。
商人は、
明日の支度を考えながら、
宿へと戻っていった。




