第二章 第1話|選ばれなかった道
街道は、よく整備されている。
石は均され、標石は一定の間隔で立ち、
荷車がすれ違っても困らない幅が保たれている。
商人にとって、
それは何よりも重要なことだった。
遠回りであっても、
時間がかかっても、
確実に通れる道であること。
彼は、荷車を引きながら、
前方に続く街道を見据えていた。
王都から南へ向かう途中、
道は二つに分かれる。
一つは、今進んでいるこの街道。
もう一つは、
地図の上では明らかに近く見える道だ。
商人は、ちらりとその分岐を見やり、
小さく息を吐いた。
「あっちは……ないな」
地図には載っている。
踏み固められた跡も、確かに残っている。
だが、
その先には樹海がある。
広く、深く、
中を通れば距離は縮まる。
それでも、
そこを使う話は聞かない。
理由を詳しく説明できるほど、
商人は事情を知らなかった。
危ないとか、
昔に何かあったとか、
そんな話は耳にする。
だが、
どれも断片的で、
はっきりとした形を持たない。
「やめておけ」
そう言われるだけだ。
商人は、それで十分だった。
行かない方がいい道なら、
行かない。
それで商いが回っているのなら、
わざわざ変える必要もない。
荷車の揺れに合わせて、
積荷がかすかに鳴る。
遠回りの分、
通行料も、宿代もかさむ。
だが、それを前提に値は決まっている。
誰も、不満を言わない。
最短であることが、
必ずしも得になるわけではない。
商人は、それを身をもって知っていた。
街道を進むにつれ、
背後に広がる緑の気配が薄れていく。
振り返れば、
樹海の影が、遠くに残っている。
見ないようにするでもなく、
気にかけるでもなく、
商人はただ前を向いた。
あの道を通らなくても、
今日の商いは成り立つ。
明日も、
その先も。
通られない道は、
そこにある。
だが、
それを使わなくても、
世界は滞りなく動いている。
商人は、
それを確かめるように、
歩みを続けた。




