第一章 Side魔女|樹海の奥にて
樹海の奥は、今日も静かだった。
葉の重なりが風を遮り、
光は、必要な分だけ落ちてくる。
魔女は、いつもの場所に立っている。
そこからは、遠くの明かりが見える。
人の集まり。
石と線で形を作り、
夜でも消えない光。
「増えました」
魔族の一人が、距離を保ったまま告げた。
言葉は簡潔で、感情はない。
「数も、灯りも。
書くものも、残すものも」
魔女は頷かない。
否定もしない。
ただ、視線を少しだけ上げた。
「あそこは……」
別の魔族が続ける。
「高い場所から、遠くを見る者がいるようです」
「境を測り、名を付け、整理しています」
魔女は、しばらく黙っていた。
遠くの光は、
ここからでは音も届かない。
それでも、
人の営みであることは分かる。
「覚えるようになったか」
低く、独り言のように呟く。
「忘れないために、か」
「それとも、忘れるために……」
魔族たちは、答えない。
答えを持たないからではない。
問われていないからだ。
「触れないものが、増えています」
先ほどの魔族が、言葉を選ぶように続けた。
「近づかぬことが、
正しいとされる場所が」
魔女は、遠くの光から視線を外し、
樹海の内へと戻した。
「……あれが、教訓になっているのだろう」
何を指すのかは、言わない。
誰に向けた言葉でもない。
ただ、
長い時間の中で起きた、
一つではない出来事を、
まとめて受け取るような口調だった。
魔族の一人が、わずかに首を傾げる。
「人は、変わりましたか」
魔女は、すぐには答えない。
「変わったのは、扱いだ」
やがて、そう言った。
「知ろうとする」
「だが、触れようとはしない」
「それを、賢いと言うか?」
「臆病と言うか?」
問いは、宙に置かれる。
「どちらでもないな」
魔女は、静かに結論だけを落とした。
「生き延びるための形だ」
魔族たちは、理解したように沈黙した。
遠くの光は、変わらずそこにある。
近づくことも、消えることもない。
魔女は、もう一度だけそれを見やり、
ゆっくりと背を向けた。
選ばれぬこと。
触れられぬこと。
それもまた、
人の営みの一つなのだろう。
樹海の奥は、今日も変わらず、
境界を保ったまま、そこに在った。




