第一章 第6話|塔から見えるもの
学園の塔は、授業で使われることはほとんどない。
かつては見張りや観測の役割もあったらしいが、
今では、単に高い場所にある建物というだけだ。
生徒が足を運ぶ理由も、特にはない。
少年がそこへ向かったのは、
はっきりした目的があったわけではなかった。
ただ、
学園という場所の中で、
一番高いところから外を見てみたかった。
螺旋階段を上るにつれて、足音が響く。
窓から差し込む光が、少しずつ強くなる。
息を整えながら、最後の段を踏み越えると、
視界が一気に開けた。
王都の街並みが、下に広がっている。
石造りの建物、整えられた街路、
人と魔法が混ざり合った、今の世界。
遠くには、畑や集落が連なり、
さらにその先――
樹海が見えた。
一面の緑。
広がりすぎて、境目が分からない。
街も、道も、城壁も、
あの場所で途切れている。
「……あそこだけだな」
少年は、小さく呟いた。
文化が進み、
記録が整い、
世界が整理されていく中で、
あそこだけは、
きっと昔から変わらず、
そうして在り続けているのだろう。
近づけないわけではない。
地図にも載っている。
名前もある。
それなのに、
触れられていない。
学園で学んだことを、思い返す。
帝国の衰退。
国境の安定。
争いが起きなかった理由。
どれも、もっともらしかった。
だが、
あの樹海を見ていると、
それらの説明が、少し遠く感じられる。
理由は、分からない。
分かるだけの知識も、まだない。
ただ、
見ていると、そう思えてしまう。
世界は、
あそこを避ける形で作られてきたのではないか、と。
街も、制度も、学問も。
すべてが、
あの場所を中心にしない形で、整えられている。
それは恐怖とは、少し違う。
敬意とも、また違う。
もっと曖昧で、
もっと長い時間をかけて固まったものだ。
少年は、しばらく黙って立っていた。
何かを決めるわけでもなく、
答えを探すでもなく。
ただ、
変わらずそこに在るものを、
遠くから見ている。
やがて、鐘の音が遠くから響いてきた。
次の時間を告げる合図だ。
少年は、もう一度だけ樹海に目を向け、
静かに踵を返した。
今は、まだ遠い。
だが、
見えてしまった以上、
忘れることはできないだろう。
学園の塔を下りながら、
少年はそう思った。




