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名を持たぬ魔女  作者: ささこ
暦500編

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第一章 第3話|答えられない問い

歴史の講義は、淡々と進んでいた。


黒板には年号と国名が並び、

それらを結ぶ線が、過去の出来事を示している。


王国と帝国。

国境線。

勢力の変遷。


少年は、席に座りながら板書を写していた。

内容は難しくない。

むしろ、整いすぎているように感じられる。


戦争はあった。

だが、長くは続かなかった。


侵攻は試みられたが、拡大はしなかった。

国境は、ある時期から安定した。


「帝国は、徐々に衰退していきます」


教授の声は落ち着いている。

評価も、感情も含まれていない。


「理由については、いくつか説がありますが……」


そこで、言葉が一拍置かれた。


「本講義では、結果のみを扱います」


少年は、わずかに顔を上げた。


結果のみ。

理由は扱わない。


それは、学園では珍しくない言い回しだ。

基礎課程では、よくある。


だが、この時は、

その言葉が少し引っかかった。


「先生」


後方の席から、声が上がる。


「帝国が衰退した理由は、

 本当にそれだけなんですか」


教室が、静まった。


問い自体は、突飛ではない。

むしろ、自然だ。


なぜ衰退したのか。

なぜ、そこから立て直せなかったのか。


少年も、同じ疑問を抱いていた。


教授は、その問いを受け止めた。


すぐには答えない。

否定もしない。


教壇に立ったまま、

少しだけ視線を下げる。


――この問いは、

知識の不足から出たものではない。


そう判断した。


この段階で教えられるのは、

史実の整理までだ。


それ以上は、

学問ではなく、選択になる。


教授は、それを理解していた。


「……良い質問です」


穏やかな声で、そう言う。


「ただし、今はここまでにしておきましょう」


教室の空気が、わずかに揺れた。


納得した者もいる。

物足りなさを感じた者もいる。


少年は、何も言えなかった。


答えを期待していたわけではない。

だが、

「ここまで」と区切られたことだけは、

はっきりと分かった。


「理由については、

 いずれ専門課程で扱うことになります」


教授は、そう付け加えた。


だが、

その“いずれ”が来るのかどうかは、

誰にも分からない。


講義は再開され、

板書も続く。


帝国の衰退は、

既に終わった出来事として扱われる。


そこに至る過程は、

詳しく語られないまま。


少年は、板書を写しながら考えた。


知らなくても、困らない。

分からなくても、生活は続く。


だから、

ここで止められているのだろう。


講義の終わりを告げる鐘が鳴る。


教授は、教壇を離れ、

資料をまとめ始めた。


その表情に、迷いはない。


語らなかったのは、

忘れていたからではない。


今は、語らないと決めているだけだ。


少年は、それに気づくほどの確信を持てない。

だが、

何かが伏せられた、という感触だけが残った。


教室を出る生徒たちの中で、

その感触は、言葉にならないまま、

静かに胸の奥に沈んでいった。

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