第一章 第4話|境界の外
次に少年が意識を取り戻したとき、最初に感じたのは、眩しさだった。
目を開けると、白く滲んだ空が視界いっぱいに広がっている。
霧越しの光が、ゆっくりと揺れていた。
「……?」
声を出そうとして、喉がひりついた。
息を吸うだけで、胸が痛む。
少年は、しばらくそのまま動けずにいた。
体が重く、手足が自分のものではないように感じられる。
やがて、ぼんやりと輪郭が戻ってきた。
空の端に、屋根の影が見える。見慣れた形だった。
「……村だ」
自分の声だと気づくまで、少し時間がかかった。
視界の端に、人の影が動く。
次いで、聞き覚えのある声が降ってきた。
「気がついたか」
村の大人だった。
顔を覗き込まれ、少年はようやく、自分が地面に横たわっていることを理解する。
「村の入口で倒れてたんだ。
霧の中で見つけたときは、肝を冷やしたぞ」
少年は返事をしようとしたが、うまく声が出なかった。
代わりに、視線を動かす。
すぐ傍に、籠が置かれていた。
「……あ」
思わず、手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、確かな重みが伝わってきた。
籠の中には、草が入っている。
見覚えのある葉、形、色。
治療師が挙げた名前が、頭の中に浮かんだ。
「それ……」
声が掠れた。
村の大人が頷く。
「薬草だ。あれを探してたんだろう?」
少年は、言葉を失った。
どうやって手に入れたのか、思い出せない。
樹海の中で見つけた記憶はない。摘み取った感触も残っていない。
ただ、倒れる前に――
霧の中で、何かを見たような気がした。
人影だったのかもしれない。
あるいは、ただの錯覚だったのか。
声も、聞いた気がする。
だが、それは言葉ではなかった。意味を持たない音の連なり。
少年は、樹海の方角を見た。
村の入口から見える森は、いつもと変わらない。
霧が流れ、木々が静かに立っている。
そこに、特別なものは何も見えなかった。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からないまま、少年は呟いた。
村の大人は首を傾げたが、何も言わなかった。
少年は籠を胸に抱き、目を閉じる。
疲れが一気に押し寄せ、意識が遠のいていく。
その最後に、ふと、思った。
――樹海は、やはり、入るべき場所ではなかったのだと。
だが、それ以上のことは、考えられなかった。




