第七章 Side魔女|樹海の奥にて
樹海の奥は、静かだった。
霧は薄く、
風は一定で、
踏み込もうとする気配は、もうない。
魔女が立つ場所から、
樹海の外はよく見えた。
やがて、
複数の気配が近づいてくる。
魔族たちは、慎重に距離を保ち、
静かに列を成した。
誰一人、魔女に近づこうとはしない。
声を荒げることもない。
報告は、短く、整っていた。
「侵入は、続いていました」
「地点を変え、時を変え……」
「いずれも、途中で止まっています」
魔女は、すぐには応じなかった。
霧が、わずかに揺れる。
「……そうか」
それだけで、十分だった。
別の魔族が、言葉を足す。
「外では、扱いが変わっています」
「理由を探すのをやめ、
言葉を変え、
触れないものとして整理しています」
魔女は、少しだけ視線を上げる。
「……遅かったな」
声は低く、断定でも非難でもない。
魔族の一人が、慎重に問う。
「理解した、とは言えませんか」
魔女は、すぐには答えない。
霧が一度、深く沈む。
「理解したのではない」
やがて、そう言う。
「失ったあとで、扱いを変えただけだ」
魔族たちは、沈黙したまま、その言葉を受け取る。
「覚えている」
魔女は、続ける。
「前にも、同じ順で終わった」
名も、時代も、
もはや思い出さない。
ただ、
順序だけが、残っている。
「越えようとし、
削れ、
立ち止まったあとで、
触れないと決める」
それは過去の誰かの話でもあり、
今の外の世界の話でもあった。
「だが、それで境界が変わるわけではない」
魔族の一人が、静かに言う。
「……では、これ以上は」
「必要ない」
魔女は、きっぱりと言った。
「境界は、まだ役目を終えていない」
魔族たちは、一礼し、
霧の中へと下がっていく。
再び、静けさが戻る。
魔女は、樹海の外へ、もう一度だけ視線を向ける。
越えようとした国は、削れ。
越えなかった国は、残った。
扱いを変えたからではない。
変える前に、すでに失っていた。
「……それだけのことだ」
独り言のように呟き、
魔女は背を向ける。
樹海は、
今日も奥を保つ。
名を持たぬまま。




