第七章 第4話|衰退
失敗は、一度では終わらなかった。
規模を縮め、
対策を変え、
場所を変えて、
帝国は試みを続けた。
そのたびに、
「敵にやられた」記録は残らない。
戦死者の名簿は、増えない。
だが、部隊は減る。
説明のつかない欠員が、
静かに積み上がっていった。
「これ以上は、割に合わない」
誰かが、そう言った。
だが、その声は記録に残らない。
残るのは、次の計画書だけだ。
学者は、理論を修正する。
魔術師は、護符を改める。
将校は、撤退条件をさらに厳しくする。
合理的だった。
無謀ではない。
それでも、結果は変わらない。
成功しない試みは、
やがて国力を削る。
人が減る。
資源が減る。
時間が減る。
だが、最も削れたのは、
確信だった。
「我々は、理解できるはずだ」
その前提が、少しずつ揺らぐ。
それでも、止まれない。
止まれば、
これまで失ったものが、
すべて無意味になる。
だから、続ける。
帝国は、前に進む国だった。
進まない選択を、知らなかった。
やがて、侵攻は鈍る。
攻める力がないのではない。
攻める理由が、失われていく。
国境線は、動かない。
敵は、勝利を宣言しない。
ただ、帝国だけが、
少しずつ小さくなる。
ある日、将校は地図を見つめながら、
ふと疑問を口にした。
「……なぜ、越えなかった国がある」
答えは、出なかった。
資料を漁っても、
記録を辿っても、
そこに明確な理由はない。
ただ、
越えなかった、という事実だけがある。
「恐れたのか」
違う。
「無知だったのか」
それも違う。
帝国は、理解しようとした。
だから、越えた。
越えなかった国は、
理解しようとしなかったのかもしれない。
その差が、
今になって、重くのしかかる。
帝国は、まだ滅びてはいない。
だが、
以前のように進むこともできない。
誰も、樹海の名を公に語らなくなった。
報告は、別の言葉に置き換えられる。
――非効率。
――割に合わない。
――戦略的価値なし。
そうして、
一つの線が、地図から消える。
境界は、越えられなかったのではない。
越え続けた結果、
進めなくなっただけだ。
帝国は、衰退する。
敗北したからではない。
間違え続けたからでもない。
理解できると信じ続けたからだ。




