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名を持たぬ魔女  作者: ささこ
暦200編

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第七章 第3話|試み

準備は、入念だった。


護符は複数用意され、

魔力の流れを測る器具も揃えられた。


魔術師は儀式を終え、

学者は記録用の紙束を抱え、

将校は撤退条件を確認する。


「異変を感じたら、即座に戻る」


それが、今回の約束だった。


小規模な部隊。

経験のある兵。

無謀な人数ではない。


「では、開始する」


森の縁に立ったとき、

誰もが緊張していたが、恐怖ではなかった。


対策はある。

理解は進んでいる。


そう信じていた。


最初の一歩は、何事もなく踏み出された。


空気は、変わらない。

風も、音も、そこにある。


「記録を」


学者が言い、魔術師が頷く。


数値は、正常だった。


「問題なし」


その言葉に、誰かが小さく息を吐いた。


進む。

もう一歩。

さらに奥へ。


やがて、違和感が生まれた。


「……音が」


兵の一人が、足を止める。


耳鳴りではない。

ただ、周囲が均されていく。


「測定値は?」


「……変動なし」


器具は、正常を示している。


「護符は?」


「反応なし」


理屈は、破綻していない。

だが、感覚だけが先に進まなくなる。


「戻るか?」


将校が問う。


「……もう少し」


学者は、前を見た。


「今なら、まだ——」


言葉は、最後まで続かなかった。


誰かが、いなくなっていた。


悲鳴はない。

音もない。


気づいたときには、

最初からそこにいなかったかのように、欠けている。


「——点呼!」


数は、合わない。


「後退だ!」


将校の声は、即座だった。


撤退条件は、守られた。

だが、戻る足取りは、揃わない。


進んだ距離は、短い。

だが、戻る距離が、測れなくなる。


「出口が……」


誰かが言いかけて、黙る。


光は見えている。

だが、近づかない。


護符が、静かに砕けた。

理由は、分からない。


次の瞬間、

視界が切り替わった。


森の縁に、立っている。


誰も、倒れていない。

誰も、負傷していない。


だが、

数が、減っていた。


「……戻ったのか」


将校は、息を整える。


戻った。

確かに、戻った。


だが、

全員ではない。


記録用の紙束は、白紙のままだった。

数値は、最後まで正常だった。


学者は、何も書けない。


「……失敗だな」


誰かが言った。


否定は、なかった。


今回は、違うはずだった。

備えた。

測った。

条件を決めた。


それでも、同じ終わりだった。


「次は……」


誰も、続きを言わなかった。


森は、変わらない。


変わったのは、

帝国が費やしたものだけだった。

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