第六章 Side魔女|樹海の奥にて
樹海は、忙しかった。
踏み込む足音はない。
だが、霧は何度も乱れ、
奥へと伸びかけた気配が、繰り返しほどけていく。
魔女は、その中心に立っていた。
「……まただな」
独り言に近い声だった。
背後で、空気がわずかに歪む。
角を隠した魔族が、姿を現した。
「外が、騒がしいようですね」
「騒がしいのは、外だけだ」
魔女は視線を動かさない。
「同じ試みが、何度も来ています」
「地点を変え、人数を変え、備えも変えて」
魔族の声には、わずかな困惑が混じっていた。
「それでも……」
「結果は、揃う」
魔女は、淡々と続ける。
「越えようとした者は、戻らない。
戻った者は、続ける」
魔族は、少し言葉を探す。
「失敗、と呼ぶべきでしょうか」
魔女は、すぐには答えなかった。
霧が一度、深く沈む。
「失敗ではない」
ようやく、そう言う。
「選び続けた結果だ」
魔族は、静かに息を吐いた。
「……よく、続きますね」
「人は、止まる理由が見えない限り、止まらない」
それは責めでも、諦めでもない。
ただの観察だった。
魔女は、霧の向こうへ視線を向ける。
「だが、同じ場所で、同じことは起きていない」
魔族も、その意味を察する。
「踏み込まない者たち、ですか」
「踏み込まない。
測らない。
確かめようともしない」
魔女は、そこで一拍置く。
「……覚えている」
「以前にも、いましたか」
「似た距離を取った者たちが」
名も、顔も、時代も違う。
だが、
線の前で止まるという一点だけが、重なる。
魔族は、慎重に尋ねる。
「それは、正しかったのでしょうか」
魔女は、首を振らない。
だが、うなずきもしない。
「無駄では、なかった」
それ以上の言葉は、足さない。
境界の外では、
王国の陣が、今日も動かない。
進まないという選択を、
繰り返している。
一方で、
別の場所では、
また一つ、気配がほどけていく。
「……この差が、国を分けるのですね」
魔族の呟きに、魔女は応えない。
分けたのは、境界ではない。
だが、
そう言う必要もない。
霧が、ゆっくりと整う。
「越えようとした国は、削れ。
越えなかった国は、残る」
魔女は、歩き出す。
それは予言ではない。
裁きでもない。
ただ、
長く見てきた結果の確認だった。
樹海は、今日も奥を保つ。
名を持たぬまま。




