第六章 第4話|境界の外
帰還後の報告は、短かった。
「異常はありませんでした」
小隊長がそう告げると、
上官は一度だけ書類に目を落とし、うなずいた。
「ご苦労。以上だ」
それで終わりだった。
樹海の縁で見つけた装備の話も、
戻らなかった部隊の痕跡も、
途中で遮られた。
「その件は不要だ」
理由は、説明されない。
兵士は、口を閉ざした。
言葉にするほど、何かが削れていく気がした。
記録官が書き留めた報告書には、
決まった文言だけが並ぶ。
――国境付近、異常なし。
――敵影、確認されず。
――部隊、全員帰還。
それ以上は、何も残らない。
「忘れろ」
上官は、兵士をまっすぐ見て言った。
叱責ではない。
脅しでもない。
命令だった。
兵士は、うなずく。
軍では、よくあることだ。
戦場では、記録されない死もある。
だが、今回は違った。
誰も死んでいない。
戦ってもいない。
それでも、
確かに、続きが断たれた場所を見た。
夜、兵士は天幕の中で目を閉じる。
夢は見ない。
ただ、静けさだけが残る。
剣を抜く理由も、
盾を構える理由もなかった。
ただ、
踏み込めば戻れないと、
身体が理解していた。
翌日も、国境は静かだった。
帝国は来ない。
王国は動かない。
樹海だけが、変わらずそこにある。
兵士は、もう森を見ない。
見る必要がない。
見るべきではない。
あそこは、
敵の領土でも、
味方の領土でもない。
境界の外だ。
それを越えないことが、
この国の戦い方なのだと、
兵士は遅れて理解した。
報告書には、今日も「異常なし」と書かれる。
だが、兵士は知っている。
異常は、
何も起きなかったことそのものだ。




