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名を持たぬ魔女  作者: ささこ
暦200編

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第一章 第3話|樹海

樹海に足を踏み入れてから、しばらくのあいだ、少年は自分が間違ったことをしたとは思っていなかった。


空気は確かに重く、湿り気も強い。

だが、歩けないほどではないし、視界が閉ざされているわけでもない。村の森と比べれば違いはあるが、致命的なものではなかった。


「すぐ戻れる」


そう考えながら、少年は足元に視線を落とし、草の形を確かめていく。

治療師が挙げた名前を思い出し、葉の縁や色、根の張り方を一つずつ比べた。


似ている。

だが、違う。


籠の中に、また一本、役に立たない草が加わる。

籠は少しずつ重くなっていくのに、必要なものだけが入らない。


少年は歩き続けた。

時間がどれほど経ったのかは分からない。霧の濃さが変わるたびに、昼なのか夕方なのかの判断も曖昧になっていく。


ふと、見覚えのある倒木が目に入った。


「あれ……?」


少し前にも、同じ形の倒木を見た気がする。

だが、気のせいだと思い直し、歩みを止めなかった。


次に現れた木々も、どこか似ている。

枝の伸び方、苔の付き方、根元の形。まるで、同じ景色が繰り返されているようだった。


胸の奥に、わずかな違和感が生まれる。


「……戻ろうか」


口に出してみたが、声は霧に吸われて消えた。

振り返ると、来たはずの方向が分からない。


霧は薄い。

それなのに、距離感が掴めなかった。


少年は深く息を吸い、落ち着こうとした。

焦る必要はない。道に迷ったとしても、少し歩けば境界に戻れるはずだ。


そう考え、歩き出す。


だが、足元の感触が少しずつ変わっていく。

土は柔らかく、水を含んでいる。踏みしめるたびに、余計な力が必要だった。


息が、少し荒くなる。


それでも、少年は探すのをやめなかった。

幼馴染の顔が、何度も頭に浮かぶ。熱に浮かされた目、呼吸の浅さ。


「まだ……」


自分に言い聞かせるように呟き、しゃがみ込む。

湿った影の中、葉の重なりの奥に、見覚えのある形を見つけた。


心臓が跳ねる。


だが、近づいて確かめると、やはり違った。

期待が外れた反動で、力が抜ける。


立ち上がろうとして、ふらついた。


少年は思った以上に疲れていた。

歩き続けていたことに、ようやく気づく。


「……おかしいな」


喉が渇き、舌が重い。

霧の中は冷たいはずなのに、体の内側が熱を帯びている。


少年は方向を決めきれないまま、歩き続けた。

戻るつもりで進んでいるのか、探すために進んでいるのか、自分でも分からなくなっていた。


同じような景色が、何度も現れる。

同じような草を見つけ、同じように首を振る。


籠は、いつの間にか、それなりの重さになっていた。


足が、もつれそうになる。

一度、膝をつき、息を整えようとした。


そのとき、視界の端で、何かが動いた。


人影のようにも見えたし、霧の揺らぎのようにも見えた。

少年は顔を上げ、目を凝らす。


「……誰か、いますか」


返事はない。

代わりに、どこからか声のようなものが聞こえた気がした。


言葉には聞こえなかった。

意味も分からない。ただ、音だけが、静かに耳に残る。


不思議と、胸の奥のざわめきが薄れていく。

力が抜け、立っているのが難しくなった。


少年は一歩踏み出そうとして、よろめいた。

視界が傾き、地面が近づく。


冷たい土の感触が、掌に伝わる。


「……」


言葉にならない息を吐いたところで、少年の意識は途切れた。

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