第五章 Side魔女|樹海の奥にて
樹海は、静かだった。
風はある。
音もある。
だが、騒がしさはない。
魔女は、奥に立っている。
立っているというより、
そこに在る、と言ったほうが近い。
外から、気配が届く。
人のものだ。
だが、踏み込んではこない。
境界の手前で、
留まっている。
「……珍しい」
魔女は、そう呟いた。
越えようとする気配ではない。
助けを求めるものでもない。
ただ、
確かめている。
以前にも、
同じような立ち方を見たことがある。
時代は違う。
装いも違う。
だが、
距離の取り方だけは、覚えている。
魔女は、すぐには何もしなかった。
する必要がない。
境界は、
越えられなければならないものではない。
外の者たちは、しばらく佇み、
やがて、引き返していく。
足取りは、乱れていない。
焦りもない。
「……扱った、か」
それは評価ではない。
確認に近い。
魔女は、わずかに視線を上げる。
かつては、
この距離を取れなかった者たちがいた。
越えられると思い、
あるいは、越えなければならないと思い、
線を踏み越えた。
そのたびに、
同じことが起きた。
魔女は、少しだけ間を置く。
「覚えている者が、まだいる」
それが良いことかどうかは、考えない。
ただ、
境界が境界として働いている。
それだけだ。
霧が流れ、
視界がゆっくりと整う。
樹海は、
今日も奥を保つ。
名を持たぬまま。




