第五章 第4話|何もしなかった結果
それから、時間が過ぎた。
季節が巡り、国境の地図は更新された。
だが、線の位置は変わらない。
帝国は、衰退を続けていた。
急激ではない。
崩壊でもない。
ただ、確実に、勢いを失っていく。
前線は後退し、
占拠地は維持できず、
新たな侵攻の報告は減った。
理由を示す報告書は、相変わらず届かない。
疫病でもない。
内乱でもない。
決定的な敗戦でもない。
「説明できない衰え」
それが、公式には最も近い表現だった。
王国は、何もしていない。
軍を動かしていない。
反撃も、奇襲もない。
ただ、防備を固め、
越えてはならない線を越えなかった。
「結果的に、正しかったのでは」
若い官僚が、慎重にそう言った。
宰相は、首を振った。
「正しかったかどうかは、分からん」
「しかし……」
「結果が出ただけだ」
宰相は、窓の外を見た。
遠くに、森影が見える。
樹海の一部だ。
近くはない。
だが、確かにそこにある。
「我々は、国を救ったのではない」
宰相は、静かに言った。
「何かが国を守ったのでもない」
官僚は、言葉を挟まなかった。
「ただ、越えなかった」
それだけだ。
帝国は、越えた。
王国は、越えなかった。
その差が、今の状況を生んでいる。
宰相は、過去の記録を思い出す。
暦一七五年。
樹海近くの村が占拠された件。
村は、今も地図に残っている。
壊滅の報告はない。
理由は、記されていない。
それでいい。
説明できないものを、
説明しようとしなかったからこそ、
今がある。
「次も、同じだろう」
それは予測ではない。
願いでもない。
ただの整理だった。
宰相は、書類を閉じる。
判断は、記録に残らない。
だが、選択は、国の形として残る。
樹海は、今日も越えられていない。
それが、この国の現在だった。




