第五章 第2話|信じるに足る理由
宰相が樹海の名を初めて記録で見たのは、ずっと昔のことだった。
若い頃、官僚として下働きをしていた時分。
山のような文書の中に、紛れ込むようにして残っていた。
内容は、ひどく簡素だった。
――侵攻、途中で停滞。
――理由不明。
――これ以上の追及、不要。
誰が書いたのかも分からない。
署名もなく、追記もない。
当時の宰相は、それを奇妙だと思った。
理由が分からないなら、調べるべきではないのか。
だが、同じ形式の記録は一つではなかった。
時代も、場所も違う。
敵も、事情も異なる。
それでも結末だけが一致している。
進まなかった。
定着しなかった。
続かなかった。
説明がない、という点まで含めて。
宰相は、それらを一つの棚にまとめた。
意図的に、別の案件とは切り離して。
戦争史として整理すれば、例外になる。
だが、例外が重なれば、傾向になる。
そして傾向は、無視できない。
「信じる」という言葉は、宰相は好まなかった。
信じるとは、証拠が足りないものに縋る行為だ。
国家を預かる立場にあって、それは危うい。
だから彼は、別の言葉を使う。
「扱う」
説明できないが、
繰り返し起きているなら、
在るものとして扱う。
それだけだ。
樹海に関する案件は、すべてそうした。
深入りしない。
検証しない。
利用しようとしない。
ただ、越えない。
暦一七五年の件も、同じだった。
帝国が侵攻し、村を占拠した。
それ自体は、特筆すべきことではない。
だが、その先がなかった。
支配は定着せず、
破壊の痕跡も広がらず、
やがて、報告は途切れた。
村は残った。
理由は、記されていない。
宰相は、その空白を問題にしなかった。
問題にしなければならないのは、再現性だ。
同じ場所で、
同じように止まる。
それが一度なら、偶然だ。
二度なら、不運。
三度なら、記録。
「……十分だな」
宰相は、机の上の文書を閉じた。
若い官僚たちは、しばしば問う。
なぜ樹海を使わないのか。
なぜ、そこだけ避けるのか。
宰相は、答えない。
説明できないからではない。
説明する必要がないからだ。
国は、前に進むためだけに存在しているわけではない。
進まない選択もまた、統治だ。
樹海は、敵ではない。
味方でもない。
ただ、越えてはならない線として、
そこにある。
宰相は、それを知っている。
信じているのではない。
積み重ねを、無視していないだけだ。




