第四章 第4話|残った理由
村に戻ったとき、彼は一人だった。
誰かに迎えられたわけではない。
気づけば、見慣れた畑の脇に立っていた。
空は明るく、時間も狂っていない。
だが、確かに何かが欠けている。
一緒に行った者たちは、いない。
彼は、村へ歩いた。
足取りは不安定だったが、止まらなかった。
村人たちは、彼を見て驚いた。
次に、周囲を見回す。
「……他は?」
問いは短かった。
彼は、首を横に振った。
それ以上、言えなかった。
言葉が見つからなかった。
説明しようとすると、
どこから話せばいいのか分からなくなる。
静かだった。
消えた。
戻された。
それだけでは、誰も納得しない。
「何があった」
重ねて問われる。
彼は、しばらく考え、答えた。
「……分からない」
嘘ではなかった。
誤魔化しでもなかった。
ただ、分からなかった。
誰かが舌打ちをし、
誰かが目を逸らした。
信じられない、という反応ではない。
困っている、という空気だった。
彼は、それ以上を語らなかった。
語れなかった、と言ったほうが正しい。
夜になり、村は静まる。
彼は、家の外に座り、樹海の方を見た。
昼間に見るよりも、遠く感じる。
中で何が起きたのか。
なぜ自分だけが戻ったのか。
答えは、浮かばない。
ただ、思い返してみる。
――何も欲しがらなかった。
――何も主張しなかった。
――何も得ようとしなかった。
それだけが、確かだった。
数日後、外から来た者たちが戻らないことが、
事実として村に残った。
理由は分からない。
責任の所在も、はっきりしない。
彼は、何度か同じ質問を受けた。
そのたびに、同じ答えを返した。
「分からない」
やがて、問いは減る。
代わりに、断片的な言葉だけが残る。
「樹海には、行くな」
「欲を持つな」
「助けを求めるしかない」
誰かが言い、
誰かが付け足し、
いつの間にか、そういう話になった。
彼は、それを否定しなかった。
肯定もしなかった。
正しいかどうかは、分からない。
だが、そう言うしかなかった。
それが、残った理由だった。
彼は、後に年を取り、
村で最も長く生きた一人になる。
そして、似たような夜に、
似たような選択を迫られたとき、
彼は、あの言葉を思い出す。
教えではない。
信仰でもない。
説明できなかった体験の、残骸。
それでも――
それは、生き残った。




