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名を持たぬ魔女  作者: ささこ
暦200編

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第四章 第1話|境界に近い場所

その頃、彼はまだ若かった。

後に村で年長者と呼ばれるようになるなど、想像もしていない時代だ。


樹海は、村のすぐそばにあった。

近いといっても、日常の中にあるわけではない。畑を越え、丘を越え、その先に影のように広がっているだけだ。


「行くな」


理由は、それだけだった。

幼い頃から何度も聞かされてきた言葉だが、詳しい説明を受けたことはない。


彼自身、深く考えたことはなかった。

行かなければいい。それで済む話だったからだ。


村は小さく、特別な産物もない。

ただ、樹海に近いという一点だけで、時折、外から人が訪れる。


商人。

開拓を名乗る者。

あるいは、名目だけを変えた同類。


彼らは、村に泊まり、酒を飲み、話をした。

樹海の話題になると、必ず目の色が変わる。


「中はどうなっている?」

「木の質は?」

「奥まで入ったことは?」


彼は、その問いに多くを答えなかった。

知らないことがほとんどだったし、知っていたとしても、話す理由がなかった。


だが、それが理由になった。


「お前、道を知っているんだろう」


そう言われたとき、彼は否定できなかった。

詳しいわけではない。ただ、他の村人より少しだけ、森に近い仕事をしていただけだ。


「案内だけでいい」

「危ないところには行かない」

「礼はする」


言葉は丁寧だった。

だが、断る余地はなかった。


村の空気が、それを許さなかった。

外の者を刺激するな。

面倒を持ち込むな。


誰も、はっきりと命じてはいない。

だが、彼は理解していた。


――行かされる。


その夜、彼は家に戻り、何も準備をしなかった。

何を持てばいいのか、分からなかったからだ。


外に出ると、樹海の方角に、いつもより濃い闇が見えた。

距離が縮まったような錯覚を覚える。


「近いな……」


独り言は、誰にも聞かれなかった。


境界は、まだ越えていない。

だが、立っている場所が、確実に近づいている。


それだけは、はっきりしていた。

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