第三章 Side魔女|樹海の奥にて
樹海の奥は、今日も変わらない。
霧が流れ、
葉が擦れ、
足音だけが、遅れて消える。
魔女は、立ち止まっていた。
誰かを待っていたわけではない。
ただ、気配が近づいているのを感じただけだ。
人の気配だ。
複数。
揃えられた歩調。
迷っている者のそれではない。
「……また、試みに来たか」
言葉は、独り言に近い。
だが、声に苛立ちはない。
樹海の縁から一歩踏み入れた者たちは、
慎重に進んでいた。
護符を携え、視線を配り、
互いの存在を確かめながら。
以前にも見た光景だった。
同じ構え。
同じ期待。
同じ「今回は違う」という顔。
魔女は、しばらくその様子を見ていた。
介入する理由はない。
拒む必要もない。
境界は、すでに在る。
「……あの時も、そうだったな」
いつのことだったか。
正確な時代は、もう思い出せない。
ただ、
似た眼差しだけが、記憶に残っている。
進む者たちは、何かを測っているようだった。
数値か、魔力か、あるいは安心感か。
どれも、間違いではない。
だが、
それで越えられる線ではない。
一人、また一人と、
気配が薄れていく。
悲鳴は上がらない。
抵抗もない。
ただ、
「そこにいなかった」
という状態になる。
魔女は、その瞬間にだけ、わずかに視線を伏せた。
「戻れなかった、か」
越えたのではない。
選んだのでもない。
ただ、
進んだ結果、戻る場所がなかった。
残った者たちは、異変に気づき、
慌てて引き返そうとする。
その判断は、遅くない。
霧が揺れ、
視界が切り替わる。
次の瞬間、
彼らは樹海の外に立っている。
全員ではない。
だが、生きている。
魔女は、それを見届けてから、
静かに背を向けた。
助けたわけではない。
選別したわけでもない。
境界が、そう振る舞っただけだ。
「……越えなかった者は、戻る」
それを慈悲と呼ぶ必要はない。
罰と呼ぶ必要もない。
魔女は、歩き出す。
また、同じことが起きるだろう。
別の場所で、
別の時代で。
それでも、
人は来る。
そして、
樹海は在り続ける。




