【第9話】身体を作る
「良し、じゃあ荷物も片付けたな?」
アッシェが僕の様子を見ながら確認する。
「はい、と言っても着替えと少しの食器類だけで荷物は少ないですから。」
端的に答えるとアッシェが不思議そうに聞き返す。
「ん?お前いつも大切そうに何かしらの本を持ち歩いてるんじゃなかったのか?最近じゃあ魔法の入門書がお気に入りだとか聞いたが。」
アッシェの疑問に少し恥ずかしくなった。
「誰にそんなこと聞いたんです!?」
その様子に、にやりと笑いを浮かべながらアッシェはいじめるように言う。
「お前の姉とシスターが言ってたぞ。」
「あの二人ー!」
珍しくニクスは顔を赤らめている。
「でも本当に本はこっちにいる間は良いんです。」
一瞬でまじめな顔に切り替え答える。
「ほお?」
アッシェは片眉だけを上げる。
「今は本を見て勉強するよりも、しっかりと生身で体と頭を鍛えることが出来る環境が嬉しいんです!」
ニクスは少し鼻息を荒くしながら、目を輝かせている。
「そういうものかねえ?と、お前が何を期待しているのかわからんが当面はしっかりとした基本を抑え地盤を鍛えることが中心になるぞ。」
興奮気味の僕を横目にアッシェは淡々と言う。
「何事も基本は大事ですもんね?」
「おまえ、本当に6才なのか?中身は実は俺より年上のおっさんてことはないだろうな?」
呆れた様子のアッシェに「そんなことありません!」と即座に言い返す。
「まあ、良い。そこで構わないから座れ。」
手を軽くぱっぱっと払いながらアッシェが促す。
「まず今後のスケジュールだが、基本的にお前の『身体を作る』ことが中心となる。」
「身体を作る・・・、ですか・・・?」
ぽかーんと口を開けて僕が聞き直す。
「そうだ。お前はもう忘れたのか?数日前まで下手な力の使い方をしたせいで、1週間近く動けなくなっただろう。」
「はい・・・。」
小さくなりながら答える。
「それは単純にお前の身体が未完成ゆえのことだ。だからお前の身体を作る。」
「なるほど?」
わかったようなわからないような曖昧な返答をする。
「まあ、6才なんじゃ当然まだまだ成長段階だからな。自然と身体は出来上がってくるが、それではだめだ。冒険者としての技能に耐えうる身体を今から作るんだよ。」
アッシェがそう言うと、僕は食い気味に「なるほど!」と返答する。
「それで具体的に何をするんですか?」
ワクワクした様子で聞くが答えはあまりにもそっけないものだった。
「まず、飯を食う。それも人一倍食う。」
またぽかーんとした顔になってしまう。
「飯を食ったら毎日欠かさず数時間のストレッチで筋肉を解し可動域を広げる。筋肉が解れたら、持久力と筋力を付けるためにランニングと筋トレ。それでほぼ1日が終わるだろう。」
そのあまりの内容に仰天する。
「これで1日ですか!?」
あまりの内容の薄さに対しての時間の使いように非常に驚いた。
そんな様子のニクスに構いもせずアッシェは淡々と答える。
「ああ、そうだ。」
「加えて・・・」
そうアッシュが言いかけたところでニクスが再度目を輝かせるが、やはり内容は端的なものだった。
「人一倍早く寝る。しかもどんな環境でも熟睡出来るようにするんだ。」
僕は思わず頭を抱えて天を見上げる。
「お前が何を期待してたのかは知らんが、これがメニューだ。ああ、家の手伝いなんかは気にしないで良い。お前のような子どもが一人増えたところで手間もかからんしな。」
アッシェからのメニューの内容はこうして終わる。
「もっとこう、冒険に必要な技術の特訓!とか知識の勉強!とかは無いんですか!?」
あまりの内容に感情的になり聞き返す。
「さっきも言ったが、今最も重要なことはお前の『身体を作る』ことだ。」
ギロリと今まで見たことがないような顔でアッシェがニクスを睨みつけ、思わず「ヒュッ」と小さく息を呑む。
「これが気に入らねえなら、明日朝一番に荷物まとめて帰れ。」
静かにアッシェが告げたことでこれが事実なんだと悟り、頭を横に振り拒否を示す。
「ふう、本当にお前6才の子どもか?やけに聞き分けが良すぎやしねえか?」
そう問われ、僕は真っ直ぐな目でアッシェの見ながら謝罪する。
「すみませんでした。」
「はぁ」と調子を崩された様子でアッシェは先程の内容について説明を始める。
「まず食事だ。これは非常に単純なことで、ここは幸いにも最も肉が手に入り、食うことが出来る狩人の家だ。食事の質が上がれば当然今後成長するお前の身体への試金石となる。」
「次に長時間掛けて行うストレッチ。これは柔軟性を高めることで怪我をしにくい身体を作る事ができる。さらに言えば柔軟性が高くなり可動域が広がれば戦闘をする上で意外なほど強力な攻撃に変換することも可能だ。」
「そして持久力を上げるためのランニング。持久力を上げるには単純に走るのが最も効果的だ。持久力、すなわちスタミナを上げれば継戦能力が底上げされるし、何より脳をフルに活用しながら効率的な場面を作り出すことが出来る。」
「筋トレは言わずもがなだ。優れた筋力があればあらゆる事象に対応できる可能性が非常に高くなる。それにストレッチを加えることで柔軟で強靭な筋肉が手に入る。見せかけだけのゴテゴテした重いだけの筋肉は邪魔だからな。」
「最期に睡眠。冒険者においてある意味最も重要なのがこの睡眠だ。いつ、どこで、どんな状況であっても質の良い睡眠を取ることができれば、普段以上に体力の回復が行える。それに脳の疲労を回復するには睡眠が一番効果的だ。一瞬で熟睡することが出来れば例え5分間の睡眠であっても、それだけでも心身に掛かる負担が一気に回復するというのは覚えておけ。」
「以上だ。」とアッシェが言い終わると、僕は非常に合理的な内容に目からウロコが落ちた気分であった。
「わかりました!これからよろしくお願いします!師匠!」
自然とアッシェのことを師匠と呼ぶ程度に感激した。
「師匠はやめろ!確かにお前を弟子にするとは言ったが、やはり師匠と呼ばれるのはむず痒いし、俺はそんな高尚なものではない!」
アッシェは身体がむずむずする感覚を覚えていた。
「では、先生で!」
そう僕が返すと、「まあそれなら、まだましか・・・」と諦めた様子のアッシェであった。




