【第71話】流々舞
「じゃあ、流々舞の説明をするわね。」
そう言ってエレインが立ち上がり教えてくれる。
「よろしくお願いします。」
「まずは通常の立会稽古の様にお互い構えてから始めるわよ。」
そう言ってエレインは構える。
それに合わせて僕も構える。
「流々舞はとてつもなく遅い速度で行う立会稽古の様なものよ。」
「何故遅く行うんですか?」
「本来は型や流し方、受け方、返し方を考えながら行う通常の格闘術の稽古だったらしいけど、うちの流派ではこれに気術を織り交ぜたものを行うの。試しに私から行くわね。勿論今回は気術は一切使わないから安心してね。」
「わかりました。」
そうしてエレインより右の正拳突きが繰り出されるがとんでもなく遅い。
やっと到着したと思っても威力は当然ほぼ皆無だ。
「本当にこのスピードで行うんですか?」
「驚いちゃうよね?でもこのスピードで合ってるわ。今回右正拳突きを私が放ったわけだけどそれをニクスはここからどう返す?同じ速度で反撃まで持っていってね。」
「わかりました。」
僕は言われたようにその右正拳突きをいなした後同じく右正拳突きを返してみるがこの速度がとんでもなく遅すぎて逆に苦痛だ。
「まだ早い、もう少し速度を落として。そう、それくらい。じゃあ私が次は返すね。」
そう言ってお互い本当にゆっくりゆっくりとした打ち合いを計10回ずつ行う。
「どう?かなりゆっくりでしょ?」
「ゆっくり過ぎて逆に疲れますね。」
「ふふ。では今やった流れは覚えているわね?全く同じ内容でそれを通常の速度でやるわよ。」
「あ、はい。」
僕は慌てて構え、今の10回ずつの打ち合いを思い出しながら通常速度で行う。
ガガガガ!と通常の速度で行えば一瞬で打ち合いは終わる。
「うん、良いわね。」
「なるほど?でもこれにどういった意味があるのでしょうか。教えてもらえますか、エレイン師。」
「ええ。先程も言ったように内の門下ではこれを気術に織り交ぜて行うんだけど気術っていうのは攻撃する時、または防御する時に纏っている気術の割合を動かして攻撃する時の武器にしたり、防御する時の盾にすることが出来るのよ。」
「ふむ・・・?」
「例えばだけど、普段ただ気術を纏っている時の状態なら全身に気術が100%として考えるとするじゃない。」
「はい。」
「これをさっきの初手の様に私が右正拳突きを放つ時、気術の割合を変更して例えば右手に気術を70%まで集中させて、身体の方は30%だけ残すという様にしたら、次にニクスがこの右正拳突きを左手で受け流した時、私の右手が接触する左手の気術はどうすればいいと思う?」
僕はさっきエレインが教えてくれたランスロッテ様と悲鳴の関係を思い出し答えた。
「そうか、左手は気術70%ピッタリぐらいでないと先の流々舞が成立しない。少なすぎるとエレイン師の放ってきた気術で僕の左手にダメージが入るし、多すぎると逆に放ってきたエレイン師の方にダメージが入って両方とも最後の10手ずつまで進行しない。」
僕がそう答えると、エレインは目をパチパチしながら驚いていた。
「そ、その通りなんだけどよく今ので理解できたわね・・・?これ理解するのに結構時間かかると思っていたんだけど・・・。」
「え?そうなんですか?エレイン師の教え方が上手だったっていうことではなくてですか?」
僕がそう言うと赤羅様にエレインが照れているのがわかった。
「ふむ、またニクス君はそうやってすぐに『人たらし』の言葉で口説くんだから。困った子だ。」
そう言いいつの間にかランスロッテ様が僕達の真後ろまで接近していた。
「うわ!びっくりした!」
僕は結構感が鋭く、人の接近などは比較的感じやすいタイプなんだが今のランスロッテ様の接近は全く気が付かなかった。
「あはは。流石の君でも気が付かなかったようだね。今のも気術の応用で極限まで自身の気術を抑えると今のように自身の存在感を薄れさせることが出来るのだよ。」
「道理で・・・。全く気が付きませんでした。」
「それにしてもエレインはニクス君相手に流々舞の指導かい?」
ランスロッテ様に話しかけられたエレインは緊張した様子で手を合わせ跪く。
「はっ!」
「じゃあ、折角だ。本当の流々舞を私たちで実践しようか。」
そう言ってランスロッテ様は全力の笑顔を見せた。
あ、これまだエレインのこと好きじゃないんだなとわかるような笑顔だった。
「あ、ありがとうございます!」
エレインは明らかに緊張している。
それはそうだろう、一手間違えれば悲鳴を上げる羽目になるからだ。
「まあ、今回は手本だ。さっきは10手でやってたようだが、今回も10手で良いかな?ああ、先行はエレインでいいよ。」
「はい!」
そうしてお互いが気術を纏い構えると一気に空気が重くなる。
「ニクスよ。少し離れていなさい。そこでは巻き込まれる可能性があるぞ。そうだな、私のところまで下がると良い。」
そう言って注意をしてくれたのは総師範だった。
「はっ!そうさせていただきます。」
僕は総師範に従い言われた一まで下がり見学することにした。
そうして始まった流々舞は先程自分たちが行ったものよりも明らかに緊張感が違う上に、一手を受け止める毎にまるで威力がないにも関わらず不思議とズン!と重い音共に空気が裂けるような衝撃が伝わってくるのがわかった。
「す、すごい。これが気術を使った流々舞・・・。」
「とんでもねえ迫力だな。」
あまりの衝撃にレビンも息を呑んで様子を見ていた。
「そうだね・・・。でもこれはあくまで練習用の組手だ。これを実践レベルの速度で行うとなるととんでもなく脳や緻密な気術のコントロールが必要になるね・・・。」
「ほほ。そこまでわかるか。その通りだ。気術というのは一撃食らうだけでも下手すると瀕死になるくらいの威力がある。それ故、重要なのは攻撃よりも防御なのだよ。どの程度の気術を練り、どこ程度の気術で守るか。これが即時判断し、即行動出来ない場合は気が付かない内に死んでると思え。」
総師範の言葉はこの流々舞を見ていると事実だと腹の底から理解する。
二人が10手打ち終わる頃にはエレインは息が絶え絶えになっていた。
「うん。良い流々舞だったよ。見事だった。若干分かりづらくしてたんだけど良く見えたね?」
そんな事をランスロッテ様が言っているということはやはり何か企んでたのだろうと思った。
「あ、ありがとうございました!」
そうエレインがランスロッテ様に頭を下げると僕は思わず拍手してしまう。
「すごかったですよ!エレイン師!気術を使った流々舞ってあんなに迫力があったんですね。」
そんなことを言っているとランスロッテ様が拗ねた表情で僕に近づいてくる。
「私はどうだったかい?凄くなかったのかな?」
「格下相手にいじらしい攻撃をする相変わらずいやらしい師だなと思いました。」
僕がそうきっぱり言うとムニーっとほっぺを思い切り引っ張られた。
「そういうきっぱり言い切るところも君らしいな。」
「痛いです!もー。だからランスロッテ様は鬼だなんだと言われるんですよ。」
僕がそういうとランスロッテ様がにっこり笑う。
「だって痛みを知らなければ怖さも知ることが出来ないだろう?なら私は心を鬼にして相手するだけさ。」
「調子良いこと言ってますが、調整するのがめんどくさいだけなんじゃないですか?」
「全く。君というやつはどこまで私のことを理解してるんだ。」
「ランスロッテ様の子なんで。」
そう言うと頭をグリグリ撫でられる。
「どうせ、暫くは皆休憩だ。その間に暫くやってなかった教育的指導というものをしようか?」
「はあ。まあ僕も久しく身体動かしてなかった気がするので有り難いですが。」
「ということで総師範、少しニクス君とレビンを借りますね。」
「ああ。好きにしなさい。」
僕とレビンが不完全な融合をした後、呼吸を整えランスロッテ様と素手の打ち合い稽古をする。
「あ、あやつらいつもこんな事を毎日してたのか・・・。それならばあのニクスとレビンが異常な速度で成長してたのも頷けるやもしれん・・・。」
そう言いながら総師範が呆れていた。
暫く打ち合いしている内に僕は隙を見つけかなり無茶な体勢から一撃を放ったが見事に躱され、カウンターで一撃を貰う事になり吹っ飛ぶ。
「ぐう!」
その衝撃で僕とレビンは二人に分かれてしまう。
「ふう、やっぱり打ち合い稽古は君達とやるのが一番楽しいな。」
「いたたた。久しぶりにランスロッテ様の優しさをしれて良かったです・・・。」
「ひぃー・・・・ふぅー・・・。」




