【第65話】水と油
僕は道着を貰いランスロッテ様と話しながら道着とともに貰ったばかりの黒帯の締め方を教えてもらう。
「ランスロッテ様、今日は朝から門下生の方たちと色々話をしていて呼吸法に付いて聞くことも合ったんですが、『上弦の呼吸』や『下弦の呼吸』といった聞いたことがない言葉を聞きました。それに総師範が仰っていた『新月の呼吸』と『満月の呼吸』とは?」
ランスロッテ様が僕の言葉を聞き、「ふむ」と一つだけ言った後教えてくれた。
「呼吸法の習得には本来順序があるんだよ。上弦は初心者から中級者程度が身につける呼吸法だ。下弦は中級者から上級者程度。そして上級者以上が身につけるのが新月と満月だ。君には敢えてそれは教えず僕が最も君に適していると思った方法で教えたからこの程度は当てはまらない。」
正直周りの反応から見てそんなことだとは薄々感じていた。
「バカ正直にここのやり方で呼吸法を覚えるとなると上弦の呼吸の習得までに最低でも早くて3年遅くても5年は掛かる。」
「えっ!?そんなに掛かるんですか?」
それはあまりに時間がかかりすぎる気がした。なにせ僕はこの4つの呼吸法習得までに1年掛かっていない。
「ふふ。なにせ私が導き出した君たちにしか通用しない方法で教えたからね。常人があのペースでやったらまず間違いなく肺が潰れてるよ。私ですらあのペースでの習得ははっきり言って無理だからね。」
「それを僕達にしたと・・・。」
「君たちの魔人としての身体、精神面での強さや頑強さ、そして異常なまでの回復力。それを全て把握した上での無茶だ。実際君たちはそれに耐え抜き、今こうして黒帯を纏っている。はい、出来た。」
ランスロッテ様がそう言いながら黒帯を締めてくれる。
「今度からは自分で締めるようにね。」
「大丈夫です。覚えました。この黒帯の意味は?」
「黒帯の意味は呼吸法を新月、満月共に習得した証だよ。」
「なるほど。では次は気術ですか?」
「いや、まだだ。普通なら黒帯を締めてから気術の訓練が始まるまでそれでも5年近くはまた掛かる。」
「でもそれじゃあ・・・。」
「わかってるさ。間に合わない。だから君たちには1年、いや半年で次の段階に行けるよう無茶をさせる。良いね?」
「わかりました。僕には一刻の猶予も有りません。時間は努力と根性でねじ伏せます。」
僕は気合を入れグッと拳を握る。
「その意気だ。ただし今まで以上にハードになると思うので覚悟するように。」
そう言ってランスロッテ様がにっこり笑う。
「うっ・・・。今から吐き気がしてくるぜ。」
すっかり吐きぐせが付いたレビンは今から気分が悪くなっているようだ。
僕達は支度が終わり、師範代方とともに訓練を開始する。
内容は新月と満月の呼吸法を安定して行えるようにするための訓練だった。
日常生活を送る中でも自然とこの呼吸が出来るようになると次の段階に行けるらしいがこれがいつも以上にきつかった。
「ぜはぁ・・・、ひゅー・・・、はぁー・・・。」
「はぁー・・・、おぇ!」
「大丈夫かい君たち?」
そんな僕達を見て師範代の一人が僕たちを心配してくれる。
「あ、ありがとうございます。少し休めば大丈夫です。」
「それにしても11才だと言うのにここまで付いてこれることのほうが驚きだよ。少しじゃなく今日は引き上げでもいいくらいなんだよ?」
「そ、それは駄目です・・・。はぁ・・・。折角見て頂けてるのに・・・、ふぅ。時間が勿体ないじゃないですか。」
僕は強制的に深呼吸をし、呼吸を整える。
「すー、はー・・・。」
それを見た周りが止めに入る。
「おいおい、それ以上肺に負担掛けると破けるぞ。」
「大丈夫です。僕達は普通ではないので。ふぅ。いけるな?レビン。」
「ふー、ああ。勿論だ。」
「し、信じられない子どもたちだ。本当に少しの休憩で持ち直すだなんて。これがランスロッテ師の子達なのか・・・。」
「そういえばランスロッテ様は?」
「ああ、今は他の師範代達に気術を教えてると思うが・・・。」
「ぐあーーーー!!」
遠くから悲鳴のような声が聞こえる。
「えっ!?」
「ああ、気にしないでくれ・・・。あれはランスロッテ師の指導が入ると聞こえるという声らしい。」
「ええ!?ランスロッテ様一体何をしてるんだ・・・。」
「ぎゃーーー!!」
「君たちいつもあんな悲鳴を出してたのか・・・?」
「いえ、悲鳴は出したこと無かった気がしますが・・・。」
「そ、それは凄いな・・・。」
僕達は少しの休憩の後、遠くで聞こえる悲鳴に耳をふさぎながら修行を行うこととなった。
「今日の稽古はここまで!!」
「「「ありがとうございました!!」」」
当然のように僕とレビンはボロ雑巾のように転がっていた。
「か、かは・・・・、ひゅー・・・。」
「・・・ふぶ!はーーー・・・。」
「大丈夫かレビン?はぁ・・・。一瞬呼吸止まってたぞ・・・。」
「む・・・、むり・・・。げほげほ!!」
「君たちは休憩しててもいいからな?」
「い、いえ。そういう訳には・・・。僕達は新人の門下生ですので。ふーー。」
そう言いながら呼吸をただし無理に起き上がるが全身が悲鳴を上げている。
「ぐうう!!」
思わず顔をしかめるぐらいの痛みだった。
だが痛みにはなれている。
僕とレビンは体を引きずりながら、門下生の元に行き何をしたら良いかを確認する。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です。こんなの毎日で慣れっこです。」
「毎日って・・・。」
そんな会話をしながら掃除を行う。
「あはは。ランスロッテ様の下に来て約1年ですが休みなく毎日こんな感じですからもう慣れました。」
そんな事を言っていた時だった。
「ヘラヘラしちゃって馬鹿みたい!!」
「えっ?」
その声を聞いた門下生たちは一斉に手を合わせ跪いた。
一応僕も良くわからないが同じ様にした。
声を掛けてきたのはどうやら昨日、十人組手で最後に戦った相手のエレインだった。
「あんたのことよ!新入りのヒューマン!!」
どうやら僕のことらしい。
「あの?僕に何か御用でしょうか?」
「ふん!どうやら上手くお祖父様に気に入られて、初日から黒帯なんて締めているようだけど私は認めないわ!ランスロッテ様の子だからと特別に貰ったんでしょう?」
僕はその物言いに久しぶりにカチンと頭にきた。
「僕が今ここでこうして皆さんと学びあえているのは確かにランスロッテ様のお力が合ったからです。」
「ほら見なさい!所詮ヒューマンなんてそんな程度よ!」
僕はこんな人物に頭を下げているのが馬鹿らしくなり立ち上がる。
「お、おい!」
門下生の方たちが僕に座るよう袖を引っ張ってくるが関係ない。
「申し訳ないですが、自分は新入りなので何故この様に人を貶すような人に頭を下げる必要があるのか理解できません。」
「そ、それはこの方は・・・」
「この人が総師範の孫娘だからですか?それこそ意味がわからない。総師範は確かに素晴らしい方だとは思いますがその孫娘というだけで他の師範代の方と階級は同じはずです。こんな膝をつき頭を下げる程の人物ですか?それこそ、立場を利用し、自身を特別な存在だと勘違いしているだけではないですか?」
その瞬間『死の匂い』がブワッと濃くなり一瞬で間合いを詰められ顔面に向って拳が飛んでくるのが見える。
だがこの匂いの濃さなら僕は死なないと理解していたのであえてその拳をいなしたり躱したりせず、敢えて受けることにした。
諸に顔面に入り僕は吹っ飛び転がる。
それを見ていた門下生たちが非常に慌てた様子で「誰か師範代を呼んでこい!!」などと言っているのが聞こえた。
「な、何であんた避けなかったのよ!!」
どうやら一番困惑していたのは僕の挑発に乗り攻撃してきたエレインだったようだ。
僕は鼻血を流しながらゆっくりと起き上がる。
「避ける必要がないからですよ。それにこの程度、全く痛くも痒くも有りませんし。」
ボタボタと鼻血が流れているが関係ない。
「な、あんた・・・!!」
「どうしましたか?もう一発殴りますか?」
そう言い、僕が一歩進むとエレインは一歩後退した。
「そこまで!!」
「お前達!!何をしているんだ!!」
「な、おい!ニクス!大丈夫か!?」
僕は流れ出た鼻血を拭きながら「大丈夫です。この程度。」と答える。
「こ、この程度って。鼻が折れててるぞ!?」
「だはは!本当だ、鼻が曲がってやがる!!」
レビンはそんな僕の顔を見てゲラゲラ笑っていた。
「後で自分で治しますので。ありがとうございます。」
そんな時だった、ランスロッテ様が風の様な速さで来てくれた。
「ニクス君!大丈夫かい!?」
「大丈夫です。鼻が折れたぐらいですから。」
「なっ!?」
そう言うとランスロッテ様の顔が見たこともない位に怒りに満ちているのがわかり、空気感も一気に変わったのがわかった。
「ひっ!?」
そんな声が聞こえるほどだったが、僕はランスロッテ様の腕に掴み絶対に離さなかった。
「駄目ですよ。ランスロッテ様。皆さんが怖がっております。僕のことは大丈夫ですし、今回の一件は僕にも否があります。彼女を叱るなら僕も同じぐらい叱って下さい。」
そう言って嗜めるとランスロッテ様はすぐに意図を理解したのか一気に空気が穏やかになる。
「・・・。わかった。皆、怖がらせてしまい申し訳ない。今日はこのままニクス君とレビンを連れて帰る。後は頼む。」
「「「はっ!」」」」
そう言いこの場にいた人達は手を合わせ跪いた。
ただ一人エレインを除いて。
僕は帰る前に鼻だけは戻そうと思い、道場にあった鏡の前で折れた鼻を治すことにした。
「ランスロッテ様、手ぬぐいを貸して下さい。」
「どうするつもりだ?」
「こうします。」
僕は一本の手ぬぐいを奥歯で噛み締め、もう一本の手ぬぐいで鼻を包み一気に戻す。
ボキ!っという音共に鼻は正常な位置に戻る。そして流れ出る鼻血。
「アイタタタ・・・。」
「なっ!君は本当に無茶をする・・・。」
「あはは。」
「家に帰ったらきっちりと話を聞かせてもらうからね?」
そう言ってランスロッテ様の迫力が増す。
「ざまあねえな!」
レビンがそう言ったがレビンはランスロッテ様に頭を捕まれている。
「君も聞くに決まってるだろう?」
「あわわわ・・・・」
そうして家に帰ると血まみれになった僕を見てハースリンが気絶しそうになっていた。




