【第6話】師匠
「う・・、うん・・・?」
眩しいな・・・。
うっすらと光が顔に差し込み、目が冷めベッドから身体を起こそうとする。
「あ!やっと目が冷めた!!」
リリーのハツラツとした声が部屋に響き渡りバタバタと小走りに近寄ってくる。
「リリー・・・。良かった・・・。」
再び元気なリリーの姿を見て再び心の底から安堵する。
「良かった、じゃないわよ!どうして怪我してる私よりも2日もお寝坊さんなのかしら!?」
リリーの呆れたという表情での返答に思わず驚く。
「2日!?僕はあれから何日眠ってたの!?」
「あれから丸々3日経ってますよ、おはようニクス。身体はもう大丈夫ですか?」
そこにシスターが顔に笑みを浮かべながら部屋に入ってくる。
「丸3日ですか!?」
今まで風邪の一つも引いたことも怪我もしたことなかったので驚いた。
「はい、お陰様で。大きな怪我もしてないようですし、あいてて・・・。」
確かに怪我はしていない様子ではあったが異様に強い筋肉痛が全身に走る。
「もー、無茶するからよ!」
頬を「むーっ」と膨らませながら言うリリーに思わず返す。
「無茶はお互い様じゃないか!本当に心配したんだよ・・・。」
「うっ、あの時は身体が勝手に動いちゃって、気がついたら私もベッドで寝てたんだから・・・。ありがとう、ニクス。」
若干視線をそらし頬を染めながら感謝の意をリリーは伝える。
「こちらこそ、ありがとうリリー。本当に助かったよ。怪我はどう?大丈夫?」
心からの感謝の意を伝えつつ怪我の心配をする。
「だいじょうぶ!少し縫ったけどそんなに大きな怪我じゃないの!」
そう言いながら怪我した肩を包帯越しに見せてくれるリリー。
「縫うほどの怪我だったんだね・・・。本当にごめん。」
子供とはいえ女性に傷をつけてしまったということに心を痛める。
「だいじょうぶ!ニクスには『せきにん』とってもらうから!」
「え!?」
リリーからの思わぬ言葉にニクスは心底驚き赤面する。
「ふふ、そうですよニクス。不可抗力とはいえ女性に怪我を負わせたんですから責任は取らないといけませんね?」
そう言いながらシスターがそっと僕に近寄くの椅子に座る。
どうやらシスターの入れ知恵だったようだが、当のリリーはどういうことなのかは理解していない様子であった。
「ニクス、改めてリリーを助けてくれたことのお礼とそして二人に大変危険な目に合わせてしまったことへの謝罪をさせてください。本当にありがとう、そしてごめんなさいね・・・。」
シスターは真剣な顔になりながらも子供二人に対して頭を下げる。
「そんな!シスター、頭を上げてください!」
「そうよ!シスターが謝ることじゃないわ!」
僕とリリーが一斉に声を上げる。
「ですが結果としてこのような事態を招いてしまいました。それに私は例の猪を拝見していませんが、話によると大人でも恐怖を覚えるような大きさだったと言うではありませんか・・・。本当に二人が無事で良かった・・・。」
その言葉に一瞬であの場面が脳裏に浮かび僕の身体が今になって僅かに震えだす。
「ニクス?だいじょうぶ?」
その姿をすぐに察したのか手を握って優しく声を掛けてくれるリリー。
「う、うん・・・。ありがとうリリー。」
温かくなった手を見つると恐怖も震えもすぐに消える。
「リリーの手はまるで魔法みたいだね。」
自然とそんな言葉が出るとリリーは思わず「えっ!?」と声を上げ慌てて手を引っ込め赤面していた。
「あらあら・・・。」
そんなやりとりを見ていたシスターに再び笑みが戻る。
僕がベッドから立ち上がろうとするとやはり全身に今まで味わったことがないほどの筋肉痛が走る。
「無理をしちゃいけねえよ。」
そこに聞いたことがない低い男の声でニクスに静止が入る。
「アッシェさん!こんにちは!」
リリーがその男に笑顔で挨拶をする。
「アッシェさん、わざわざご足労いただきありがとうございますね。」
シスターもそのアッシェと呼ばれた男に声を掛ける。
年は30代半ば程度だろうか?
無精髭姿で若干気だるそうな雰囲気を出しているが独特な威圧感も感じるような気がする。
「いいんだ、ここのチビ達が約束通りニクスの坊主が目が冷めたら伝えに来ると約束したことを守ってくれたからな。」
どうやら同孤児院で育っているがいつもニクスをブランと呼んでからかっているアレク達がアッシェを呼んできたらしい。
「はじめまして・・・、ですよね?ニクスといいます。」
記憶力はある方だし、色々と村の人達との交流もあったたが、記憶にないということは初めて会うということなんだろう。
「ああ・・・。俺はこの村から少し離れたところに住んでいる狩人のアッシェという。」
どうやらこの村から若干外れたところに住んでいるようで、そのせいで面識がなかったことがわかる。
「今は無理に体を動かさないほうが良い。今のお前は一時的に限界以上の力が咄嗟にでたことで反動が一気に身体を痛めつけている状態だ。」
アッシェが言うにはどうやらあの猪を仕留めた最後の瞬間、火事場の馬鹿力というものが発動したようで、全身にその反動が出ているのだという。
「大人でも尻込みしそうな場面で、良く持ち上げるのに苦労しそうな木を咄嗟にあれだけ正確に持ち上げたものだ。」
アッシェが感心したような呆れたような声で語りかける。
「アッシェさん、私達は失礼いたしますね。話が終わったら、知らせてください。」
そういうとシスターとリリーは退室していく。
「さてと・・。」
ん?何か僕に用事があるのだろうか?
近くにあった椅子にどすっと勢いよく腰掛けるアッシェ。よく見ると右足は義足であった。
「あっ・・・」
思わず声が出てしまった。
「ん?これがそんなに珍しいか?」
一瞬の隙も見逃さないような間髪入れない問いかけに思わずニクスはしどろもどろになる。
「い・・・、いえ・・・。義足なのに狩人をなされているなんてすごい方なんだなと・・・。」
そう答える。それに全然義足だということが一見してわからない程度に自然だった。
「やり方やコツってのがあるんだよ。お前が頭を使ってあの猪を仕留めたようにな。」
アッシェがどこか凄味を感じさせるような気配を放つ。
「あの場面、あの状況でよくもあの結果を出せたものだ。素直に感心するよ。だが良くもタイミングまで合わせることが出来たな?」
アッシェの問いにふとあの匂いのことを思い出す。
「アッシェさん、お聞きしたいのですが、猪とはあんなに変な強い匂いを出すものなのですか?」
「匂い?」
僕の問いにアッシェが片眉だけピクリと動かし問い返す。
「はい、あの猪が突進してきた瞬間、とても嗅いだことのない、それこそなにか命に関わるような匂いを嗅いだ気がするんです。」
「ほー・・・?」
すこし考え込むアッシェ。
「少なくとも、お前が仕留めたあの猪からはそんな匂いはしていなかった。」
やはりという様な表情で返答する。
「そうなんですね・・・。」
アッシェが僕に訝しげな表情で問いかける。
「お前、ブランって話は本当なのか?」
「えっ!?」
急な質問に驚く。
「なに、他意も悪意もない。純粋な事実の確認だ。」
淡々と問いかけるアッシェ。
「はい。未だに魔法は使えませんし、それどころかマナを発することも感じることも出来ません。」
「ふむ・・・。」
アッシェは無精髭を撫でながら続ける。
「『魔法の素質』については当然知っているよな?」
アッシェの言葉に心臓を締め付けられるような感覚を僕は覚える。
「はい・・・。」
『魔法の素質』
それは生物が魔法を発生させる際に必要なエネルギーとなる、マナの無意識化の放出現象である。
おおよそ3才頃までにこの現象は発生するが、マナが形をなさないで放出される訳なので特に害意はない。
魔法が使えるものは、マナを目視することは出来ないが、感覚的にマナの流れが大なり小なりわかる。
そのため、親族などがその無意識下によるマナの放出を感覚的に確認することにより、そこで初めて『魔法の素質』が発現したと言われる状態になる。
「確かにお前からは微力なマナの放出も感じられない。本当にブランなんだな。」
淡々としたアッシュの言葉に、押し黙る。
「ああ、わりい。さっきも言ったように他意や悪意は無いんだ。」
続けてアッシェは言う。
「お前が言う匂いについてだが、正直猪は確かに獣の独特な匂いはするが、そんな命に危険を感じるような匂いはしない。それに魔法の素質があろうがなかろうが、匂いでの感知というのは『ほぼ』聞いたことはない。」
「ほぼ、というのは?」
僕が引っかかるのを感じアッシェに問いかける。
「所謂、探知系魔法の中に嗅覚を増幅させて感知力を上げるという魔法は確かに存在する。だがお前は間違いなくブランだ。なのでその可能性は万が一にもないと言って良い。」
「そうですか・・・。」
少し期待していただけにがっくりとする。
多少この匂いという部分が魔法に繋がるのではないかと期待していた部分もあったため、その可能性がないと言われたことで、より心臓を締め付けられる気分になった。
「どうしてお前はそこまで魔法にこだわる?」
アッシェからの唐突な問いに思わず息を呑むニクス。
「えっ・・・?それは・・・」
いつもなら答えられる問いかけにも何故かアッシュにまっすぐ見つめられた状態では答えることが出来なかった。
「差別からの忌避感か?または自己嫌悪か?それとも冒険者にはなれないという思い込みか?」
思い込み?
最期の言葉に珍しく頭に?が浮かぶ。
「ん?なんだ、魔法が使えなければ冒険者にはなれないとでも思っていたのか?」
アッシェからの意外な問いに食い気味に質問する。
「違うんですか!?」
「ああ、別に魔法が使えなくたって冒険者にはなれる。あくまで魔法は使えたほうが有利なだけの『手段』でしかない。冒険者にとって必要なのは技術やセンスに経験、それに最期は運だ。」
ぽかーんと口を開けたまま聞いていた僕だが、アッシェの言葉に疑問を感じ思わず聞いてしまう。
「アッシェさんは何故そんなに冒険者に詳しいのですか?」
その質問に、逆にアッシェに若干の沈黙が走り、手で義足となった右足の太ももを擦りながら答える。
「俺も元冒険者だったからさ。しかも相棒はブランだった。」
思いもしなかった答えに衝撃が走る。
話しによればアッシェは元冒険者あり、ブランであった人物とパートナーとして主に二人で行動をしており、しかも街に行けばそこそこ名前が知られ、更に『灰被り』という二つ名まで付いているレベルの冒険者だったということだった。
「だが、途中で下手こいちまって、俺はこのザマ・・・。パートナーには色々と引き止められたんだが、やはりお荷物にはなりたくなくてな。俺だけこの村で世話になっているってわけだ。」
「ちなみにシスターには冒険者時代にちょっと縁があってな、それでこの村に最終的に世話になることにしたんだ。」
すごい話を聞いたと驚きを隠せない。
「まあ、この話はここまでだ。俺は猪の件を聞きたくて・・・」
アッシェが最初の話に戻っている時、自然と口から言葉が出てしまった。
「僕を、弟子にしてください!」
「はぁ!?どうしてそうなる!?」
アッシェも思わず驚いて素っ頓狂な声が出る。
「僕は今まで、冒険者は魔法が使えなければなれないと言われ、そう思って育ってきました。それに冒険者は本の物語に出てくるような雲の上のような存在だと思っていました。」
熱がこもった言葉にアッシェが今度は押し黙る。
「ですが、こんなに身近に、しかもそんなにすごい冒険者の方がいただなんてこの機会を逃したら僕は一生冒険者にはなれないかもしれません!」
アッシェは静かに問いかける。
「もう一度聞く。何故お前は魔法にこだわる?冒険者に憧れる?」
僕は背筋を伸ばしアッシェの目を直視仕返しながら答える。
「一つはこの孤児院に恩返しがしたいです。」
「他には?」
若干の沈黙の後、誰にも打ち明けていない、シスターにも言ったことがない言葉を付け加えた。
「・・・この世界を旅してみたいです!この村だけではなく、いろんな街に行き、秘境に行き、冒険がしてみたいです!」
「・・・だそうだが?」
そうアッシュが言うと今までのやり取りを聞いていたのか、シスターがそっと部屋に入ってきた。
「シスター!?」
「ニクス・・・。」
シスターへ視線を移し、僕は謝罪する。
「ごめんなさい、シスター。でもこれが僕の本心です。」
シスターは思わず目を伏せる。
「そうですか・・・。私はいつかニクスはこの答えに早かれ遅かれ、気がつく時が来ると思っていました。貴方は賢い子ですからね。」
そういうとシスターは優しくニクスの頭を撫でる。
「では、事前の話通り、こいつを預かってもよろしいので?」
アッシェがシスターに声を掛けたことで僕は「えっ?」っと思わず声を上げる。
アッシェが答える。
「シスターはいつかはこうなるのではないかと予想し、前々から俺に相談していたんだ。もしどうしてもニクスが冒険者になると決意を固めた時は、俺に預け、必要な技術を教えてあげてほしい、とな。」
「シスター・・・。」
思わず涙が流れそうになるがぐっと堪える。
シスターも若干悲しみが見えつつも笑みを浮かべながら返答する。
「ニクス、私が思っているよりも早くその時を迎えてしまったようです。ですので最低限こうしましょう。週に1日、いえ2日は必ずこの教会に戻ってこちらで生活を送りなさい。残りは弱音を挙げず、アッシェさんからきっちりと手ほどきを受けてきなさい。」
絶対反発されると思っていただけに本当に驚いた。
シスターはアッシェに向き直り頭を下げる。
「まだまだ幼い子どもですが、大変利発で賢い子どもです。どうかよろしくお願いいたします。」
その姿にアッシェは簡潔に答える。
「承知した。」
こうして最終的に、僕は一週間のうち2日間は教会で今まで通り過ごすが、残りの5日間をアッシェのもとで下宿しながらアッシェの手伝いをしつつ、その時が来るまでみっちりと修行することとなった。




