【第55話】相応しい服
早速ランスロッテ様と呼吸法の訓練に入るが今までとは違った苦痛が全身を襲う。
呼吸のリズムや長さを様々に調整をしながら何度も行うが、次第に全身の筋肉が悲鳴を上げ始める。
「かはっ・・・!はー・・・、はー・・・。」
僕は声一つまともに出せないくらい疲弊した。
「あが・・・が・・・」
レビンも同じ様な状態だった。
「うん、初日にしては上出来だと思うよ。ものすごい負荷が掛かるでしょう?」
ランスロッテ様が倒れ込む僕達を見下ろしながら笑顔で言う。
「は・・・、はひ・・・。呼吸一つで・・・こんなに辛いとは・・・。」
しばらくしてようやく声が出せるようになるがそれでも息も絶え絶えだ。
「呼吸は生命においては植物でも行う最も基本的な部分だが、それを強制的にコントロールしようとすると、全身の筋肉が悲鳴を上げる。これは実は呼吸によって取り込まれた空気が血液を通して全身を巡り、筋肉をコントロールし、更には脳の動きにも影響を与えてるからなんだよ。」
「そ・・・そうだったんですね・・・。はぁはぁ・・・。」
「し、死ぬ・・・。」
「あはは。レビンは大げさだな。これくらいじゃ簡単に死にはしないさ。まあ今日はこれぐらいにして、後は基礎訓練をしよう。さ、立った立った。」
ランスロッテ様は非常に嬉しそうに笑顔で僕達に次の訓練を課す。
アッシェ先生もなかなかの鬼っぷりだったが、ランスロッテ様はそれ以上かもしれない、そんなことを思ったのが運の尽きだった。
「ふふふ。ニクス君は僕の『優しさ』を思い知る必要があるかな?」
あ、心読まれた・・・。
「さ、頑張ろっか!」
笑顔満面なランスロッテ様の訓練は日が暮れるまで続き、アッシェ先生との訓練も最後の方は余裕でこなせるくらいだったにも関わらず、僕達は久しぶりにボロ雑巾の様に絞られ地面に転がっていた。
「ニクス様?今晩のお夕飯のお支度は如何がなさいましょうか?」
ハースリンが僕の事を心配して夕飯の支度について聞いてきてくれたが、食事の準備は意地でも行うことにしていたのがアッシェ先生の時からの約束だ。
歯を食いしばってでも絶対にやってやる。
「心配してくれてありがとうハースリン。でも手伝うからね。」
「ご無理はなさらないほうが良いのではないですか?」
「あはは、でもこれは僕の意地でわがままなんだ。大丈夫。」
なんとか僕は立ち上がり、ハースリンと共に夕食を作ることが出来た。
その後の事は余り覚えていない。
どうやら夕食後は死んだように眠っていたと、翌日知らされた。
それから約1週間は毎日ストレッチから始まり、ランニング、打ち合い稽古、基礎訓練、そして最後に呼吸法の訓練を繰り返した。
勿論合間に食事の準備も怠らない。
「本当にニクス君はがんばるねえ。常人ならとっくに潰れてると思うんだけど?」
「あはは。僕は常人ではないので大丈夫です。」
「俺はもう何度口から魂が出たかわからない・・・。」
「文句を言いつつ付いてきてるレビンも相当凄いと思うよ?」
そんな事を話ながら昼食を食べている時だった。
ハースリンが何かを察知したようで食事をやめすぐに玄関へと向かう。
「うん?ハースリン何かあったのでしょうか?」
僕が頭に?を浮かべているとランスロッテ様が笑顔で教えてくれた。
「ああ、お客さんが来たんだよ。ハースリンはこの家の妖精だからね。来客があるとすぐに分かるのさ。」
「なるほど。でもお客様はどなたでしょうか?」
「まあ、すぐに分かるさ。」
どうやらランスロッテ様は思い当たる所があるようだった。
すると間もなくハースリンが一通の手紙を持ってくる。
「ランスロッテ様。どうやらお返事が来たようですよ。」
ハースリンから渡された手紙をランスロッテ様が受け取り、蝋印を見るとすぐに相手がわかったようだ。
「さて、お待ちかねの『我が主君』よりお返事が来たようだ。」
「それって・・・、王様からですか?」
「その通り。少し失礼するね。」
ランスロッテ様はそう言い、手紙を読み始める。
「やはりこうなったか。しかし、うーん・・・」
等と一人で納得し、悩んでいる様子のランスロッテ様に思わず聞いてみた。
「なんて書かれているのですか?」
「ああ、すまない。予想通り、王は君に直接会いたいそうだ。それとどうやら君の料理を食べてみたいそう。特に芋の揚げたものとソース付きサラダをご所望のようだ。」
意外な返答に僕は驚く。
「え!?王に呼ばれるのは100歩譲ってわかるとしても何で料理のことを知ってるんですか?しかもそれをご所望とは?」
「あはは、実は王に渡した手紙にあまりに美味しかった君の料理のことを自慢気に書いてしまってね。どうやらそこが気になったようだ。」
「ええーーー!?一体何を書かれたんですか!!」
「仕方ないじゃないか。初めての息子の料理、自慢したくもなるだろう?それも旅で色々なものを食べてきた私からしてもかなりの上位に入る美味しさなんだから。」
ランスロッテ様に思い切り褒められ顔が赤面するのがわかるぐらい照れてしまった。
「あはは。ちなみに正体日時は丁度今日から3日後だ。本当は1ヶ月とかそれくらいの準備期間はあるんだが、なにせ内容が内容だけに王も早く君に対面したいようだ。」
「そうなんですね。それにしても3日後とは・・・。あ、僕王様に会えるような正装は持ってないんですが・・・。」
僕は基本的に貧乏人なのでこの家にいるのが可笑しいぐらいのツギハギが多い服を着ている。
しかもそれも最近の修業の成果かなりボロボロになってきていた。
「ああ・・・。確かにその格好じゃあちょっと無理か。じゃあ明日は休みにして服でも仕立てに行こう。ちなみに王様に会う時の服は流石に間に合わないから貸衣裳でいいかな。」
「服を仕立てるですか・・・?そ、そんな高級品勿体ないです!!それに僕は今すごく背も大きくなるの早くて・・・。」
せっかく仕立ててもらった服もすぐにサイズが変わってしまうなら勿体なさすぎる。
「ああ、それは大丈夫かな。基本的に身体が大きくなってもしばらくは着られるようになってるらしいからね。それに、『男爵家の子』となるんだったらそれぐらいの一張羅は持っておかないとね。」
ランスロッテ様にそう言われ改めて実感する。
「そっか、僕この王様との面談次第ではアーテルを名乗れるか名乗れないかの瀬戸際にいるんですね。」
「大丈夫さ。なんせ君は私が認めた子なんだから。」
「ランスロッテ様・・・。はい!」
「ふふ。」
翌朝はいつも以上に早くに目が覚め、外出の準備を万端に済ませる。
ついでにレビンも櫛を通して毛を整えておいた。
「いででで・・・!絡まってる絡まってる!!」
「動くから余計痛いんだよ!!」
「朝から元気だね君たちは。朝食を食べてから行くからね。ちなみに馬車なんてもんは家にはないので徒歩で行くよ。」
馬車がないのは良く知っています。
僕達は歩いて街を見ながらゆっくりと歩いていく。
アッシェ先生の時は足が早く、付いていくのもやっとだった気がしたが僕の身体が大きくなったからだろうか?
ランスロッテ様がゆっくり歩いてくれているのだろうか?
それはわからなかったが自然と歩調が合っていた。
僕はこの一緒に歩くという事それ自体が非常に好きだった。
「にへへ。」
「どうしたんだい?急に笑いだして。」
「いえ、やっぱり誰かと一緒に歩けるっていうのは良いなと思いまして。」
「ああ・・・。確かにそうだね。あ、着いたよ。ここが今日の目的の店だ。」
そこは本当に僕がどんなに成長しても立ち寄らないであろう高級店だということが一目でわかった。
ドアマンらしき人がこちらに気が付き一礼する。
「おはようございます。お久しぶりです。ランスロッテ様。」
どうやらランスロッテ様とは顔見知りのようだった。
「やあ、またお世話になるよ。」
そう言うとドアマンがランスロッテ様を先頭に僕達を案内してくれた。
「あらまあ。これは珍しいお客様だこと。お久しぶりです。ランスロッテ様。」
そこには普段は男性が着ると勝手に考えていたスーツを女性の店主らしき方が綺麗に着こなしていた。
「やあ、店主。またお世話になるよ。」
「あらあら。今日は可愛らしいお子さんたちもお連れですのね?」
「ああ、そうなんだ。今日はこの子の服を仕立てたいと思ってね。それと急で悪いんだが2日後に私とこの子が王と面会予定でね。大変申し訳ないがこの子用に貸衣裳をお願いできないだろうか?」
ランスロッテ様がそう言うと店主の女性は非常に驚いていた。
「王との面会ですか!それは一大事ですね。わかりました。まずは貸衣装から選びましょう。ランスロッテ様は?」
「僕は以前君に作ってもらったのを着ていくから大丈夫さ。」
「そう言わず、新しいものを仕立てて行ってくださいな。どうせ仕立てるならこの子と似たようなものでお揃いにしたら如何ですか?」
店主はランスロッテ様に言葉を巧みに利用し魅了していた。
「店主は僕とこの子達の関係がわかるのかい?」
ランスロッテ様が驚いた顔をしている。
「正確には噂の段階ですが何となくは。」
「そうか。なら折角だ。似たようなデザインで私も作ってもらおうかな。」
「お揃いですか!うわー、嬉しいです!」
僕は新しく仕立てて頂ける服がランスロッテ様とお揃いの服になると聞き心底嬉しかった。
「ではまずは貸衣装から用意しましょうか。」
僕は着せ替え人形のように店主とお手伝いさんらしき人にああでもない、こうでもないとされようやく一着の衣装が決まった。
その間にランスロッテ様は採寸も終わっていたようでデザインの案を他の方と話していた。
僕もそれに加わり、一応体格が良くなりやすい体質だということを伝える。
「育ち盛りの年齢ですからね。大丈夫ですよ。しばらくは着ていられるようにデザインしますし、その都度調整も可能なようにしますので。」
とのことでなんとかお揃いの一張羅をすぐに駄目にするということは避けられそうだった。
王に面会する当日はこの衣装店の店主達がランスロッテ様宅に出張で来て、着させてくれるということになった。
「相変わらず徒歩できてもらうことになって済まいないね。」
「いえいえ。今となっては慣れたものですから。」
会話から察するにこういう自体は1回や2回ではなさそうな様子だった。
そしてあっという間に時間は過ぎ、王との面談の日になった。




