【第41話】成長
「やああ!」
「ぐっ!コイツ!」
先生と僕はいつものようにハンドブレイカーを利用しての打ち合い組手を行っている。
僕はリリーとの別れ以降、吹っ切れたかの様に訓練に身が入り、集中できていると感じた。
「甘い!ここだ!」
先生から放たれた一撃は僕のがわざと生じさせた隙であり、それに見事に先生が釣られる。
それを見た僕はハンドブレイカーから手を離す。
「なに!?」先生がそう言った時には先生の首元に、普段から腰に下げてた短剣が先生の喉元付近で光っている。
「一本・・・ですよね・・・。」
僕が信じられず先生に確認すると「ああ・・・。俺が取られた。」と答える。
「やったーーー!!ようやく1本取れたーーー!!」
足掛け2年近く掛かったがようやく先生との組手で先生に一撃を入れることが出来た。
「はぁ。ついにやられたか。」と土埃を払いながら先生が言っている。
「それにしても今のは良い奇策だった。見事に釣られちまったよ。」
「ハンドブレイカーを受け取ってから最初の打ち合いの時に受けた先生からの一撃を真似してみました!」
そう言いながら「にひひ」と笑ってみせる。
「よく覚えていたな。それにしてもお前最近本当に一気に成長したな。身体も1年前とはかなり違う。身長が一気に伸びたんじゃないか?それに精神面も最近は研ぎ澄まされているようで良い傾向だ。」
確かにここ最近、一気に身長が伸び始め、更に6才の時に先生の元に来てからほぼ毎日行っているトレーニングに加え、栄養たっぷりの食事をしているせいか、成人を迎える13才の少年たちに近い身長になり、かつ体格が実践的な筋肉を纏っている状態になっていた。
そのため教会に帰る度に着ている服の丈直しをしてるくらいだ。
成長痛はかなり痛いが、毎日行っているストレッチや、超高級品だと判明した軟膏塗り薬のお陰で緩和されている。
6才の頃に先生の下にやってきてから早くて、もう3年と半年近くが経過している。
リリーとも別れを済ませてから、もう半年近くが経過しており年も開けている。
つまり僕は数え年で10才を迎えていた。
先生に魔法で付けてもらった焚き火を囲いながら少しの休憩をしていた。
「それにしてもお前ももう10才か、時が経つのは信じられんくらい早いな。」
「えへへ。これも先生の訓練の賜物です。」
「なぁーお(俺は2才になったぞ。)」
「そうだね、レビンはもう2才か。そっか、レビンと出会ってもう2年が経つんだね。」
レビンは子猫から成猫へとなっていた。
「コイツがお前の頭の上にいた時が嘘みたいだな。」
先生が焚き火で焼いていた芋を取り出しながら僕に渡してくれる。
「そうですね。今じゃこんなに大きくなってしまったのでもう頭の上には乗せられませんね。」
僕は受け取った芋を「あちち」と言いながら割り、レビンにも渡す。
「気をつけて食べるんだぞ。レビンは猫舌なんだから。」
「なぁーお!(あちいー!)」
先生は芋を食べながら僕とレビンを見ながら何かを考えていた様子だった。
「何考えてるんです?また何かとんでもないことでも考えています?」
僕も芋を食べながら先生に聞く。
「お前な、俺を一体何だと思ってるんだ。」
そう言うと芋を食べ終わった先生が「よし。」と言い立ち上がる。
「実地訓練だ。準備しろ。」
「この雪が積もった中で実地訓練ですか?何をするんです?」
僕も芋を食べ終わり手をはたきながら立ち上がる。
「熊を狩るぞ。」
その言葉に唖然とした。
「やっぱり変なこと言い出したじゃないですか・・・。」
先生は僕の言葉を無視して続ける。
「最近村の奴らから『穴知らず』が出て困っていると相談があってな。」
「『穴知らず』ですか?」
僕が聞いたことがない単語に?を浮かべる。
「通常ならこの季節、熊は冬眠をするが、『穴知らず』は冬眠の準備が上手く出来ず冬眠しきれなかったものが餌となる獣を食い荒らしたり、今回のケースのように村に降りてきて人の食料を漁ることがあるんだ。」
先生の説明に納得する。
「それで『穴知らず』なんですねえ。納得です。」
「この『穴知らず』の厄介なことは、最悪の場合、人間を捕食する可能性が高いということだ。」
先生からのその言葉にドキッとする。
「人を・・・、ですか・・・?」
「ああ、それも人の味を覚えた熊は人をより集中的に襲い出す。場合によっては災害扱いされる厄介な存在だ。」
その言葉を聞き、僕はまさかと思った。
「まさか、先生・・・。実地訓練とは・・・。」
先生は僕の言葉を聞き、ニッと笑みを浮かべる。
「お前がその穴知らずを狩れ。」
「やっぱしそうなるんですね!」
僕は頭を抱えてしまう。
「今回の『穴知らず』は既に人里に降りてきて家畜を襲っている。つまり戻ってきて家畜を再度襲うか、次の標的が人間になる可能性が高い。それに熊は夜行性だ。夜はお前の得意分野だろ。」
先生の言う通り僕は夜が得意だった。
『マナが視える』様になってから、僕は自主的に僕しか出来ない訓練として様々なマナを『視る』努力を取り入れてみた。
その結果、かなりその技術は洗練され始め、今じゃかなり薄いマナでも視覚化することが出来るようになった。
だが一点、今までと大きく違うことがあった。
今までの他の訓練で一方的に命を奪う訓練はした。
先生が罠猟で捕縛した鳥や鹿、兎などの抵抗してこないものの命を奪うということをした。
勿論それは素材を剥ぐための訓練であったため最初は抵抗が強かったが今では普通に行える。
だが今回は違う。
人里に降りてきている『穴知らず』に対し、罠猟は難易度が違うだろうと思われた。
罠を仕掛ける場所が限られ、しかも種類が限られるからだ。
「『穴知らず』と対峙して工夫をして狩れ。そういうことですね?」
「話が早くて助かる。当然補助には入るが、主に戦うのはお前だ。どう戦うのかは任せる。仮にお前が負傷した場合や狩りそこねた場合は俺が仕留め切るから安心しろ。」
先生のその言葉に思わず突っ込む。
「はぁ。それのどこに安心材料があるのか教えて下さい・・・。」
それにしても対熊戦闘か・・・。
どうやって戦えば良いのやら。
「まずは襲われた現場を見てみたいですね。それから対策を考えたいと思います。」
僕がそう言うと先生は「いい心がけだ」と言い、これから案内してくれるとのことだった。
少し移動したところに今回『穴知らず』に襲われた家畜現場があった。
「おう、いるか?」
先生が声を掛けるとそこの主人だろう人が現れ、先生に頭を下げている。
どうやら襲われたのは山羊のようだった。
山羊は食用の乳を出してくれ、頭数も増やしやすい。
早速現場を案内してもらうと、そこは既に仕留められた山羊はいなかったが実に生々しい現場となっていた。
今回仕留められ、食い荒らされた山羊は三頭。
その三頭分の山羊が流したであろう血が地面に染みていた。
また山羊を仕留める際に振るったと思われる爪の傷跡や足跡の残穢などが残っていた。
「こいつはかなりでかいな。」
先生も想像していなかった大きさだったようだ。
「最悪二人で・・・」
先生がそう言いかけた時、僕はそれを遮り、「僕一人で退治してみます。」と言い放つ。
先生はその気配から以前盗賊と対峙した時のような無謀な行為ではなく、策がありきちんと立ち回り方が見えているんだろうと考えてくれたようだった。
先生の考えどおりある程度の工程を頭の中で組み立てていた。
「先生、準備だけは手伝ってもらっても?」
それでも初めての熊退治となるのである程度の先生の力は借りざるを得ない。
「ああ、構わん。」
早速先生の家に行き、狩人の小屋からシャベルと大型トラバサミを数個荷車に乗せる。
それに用意したのは大きめの鹿の太もも肉、蜂蜜、細かく砕いた強めの唐辛子類、そして油と鎖だった。
僕は先生のように魔法が使えるわけではないので、必然的に道具に頼らざる得ない。
あまり時間をかけると次の被害が生まれる可能性もあったため、僕は今日、この日の内に決着をつけようと考えていた。
まず、狩り場として選んだのは昨日襲われた山羊がいた飼育場。
ここにはまだ山羊が残っていたため、再び現れるのではないかと思った。
僕は山羊を全て他の場所へ移動してもらい、更に人的被害も避けるため、狩りの最中はここの家人も何処かに移動してもらうことを考えた。
罠を仕掛けるのは昨日襲われた場所よりも更に視界がひらけた位置にし、まずそこの中心に大きな鹿肉を少し高めの頑丈な棒に深く突き刺し、地面に立てる。
この鹿肉には内部に大量の刺激が強めな唐辛子を砕いたものをこれでもかと言うぐらいに仕込むみ油も入れる。
鹿肉の表面には唐辛子類の匂いを消すためにたっぷりの蜂蜜と油を塗り込む。
その周りに熊が現れるであろう方向は除き、鹿肉を囲むように若干の穴を堀り、そこにトラバサミを仕掛け、その上に昨日殺された三頭分の山羊の血が染み込んだ土を被せる。
各トラバサミは少し細工をし、太く頑丈な鎖が結んでありその鎖を大きな木や岩で固定する。
準備はこれで完了だ。
時が来るまで後は気配を立ちながらじっと待つ。
夜もふけ、完全に辺りは闇のマナで満たされる。
僕は何時ものようにマナを視ることで闇の中でも視界は昼と同じ様に視る事ができた。
しばらくすると体重が300kgはあろうかと思われる大きな熊が現れた。
足跡や爪痕から考えて、昨日山羊を食い漁った『穴知らず』で間違いないだろう。
「予想通り、フォレストベアの『穴知らず』だな。」
小さな声でそう僕に確認を行う。
『穴知らず』は当初獲物の山羊がいないことに気が付きその場をウロウロしていたが、匂いを嗅いでいるとどうやら僕が仕掛けた罠の血と肉、蜂蜜の匂いを嗅ぎ当てたようで、ゆっくりと近寄っていく。
わざとトラバサミが仕掛けてあると認識させるように盛った血の染みた土は、やはり『穴知らず』にもなにかがあると理解できたようで、そこを避けて鹿肉までたどり着く。
しばらくは口をつけるわけではなく、匂いをかぎながら警戒を強める『穴知らず』。
だがしばらくするとやはり空腹には勝てないのか、その仕掛け肉に口を付け食べ始める。
その瞬間僕とレビンは音を立てること無く一気に熊との距離を縮める。
熊は食べた鹿肉に異変があると悟ったのか体制を変えた瞬間、僕は油をかなり入れた油瓶を大きな熊目掛け投げつける。
大きな身体が仇となり、容易に『穴知らず』の体に油壺が当たり、熊は油まみれになる。
そうしている内に熊が食した肉に仕込んでいた強めの唐辛子類が体内で効いてきたのか、暴れ始める。
その瞬間、『穴知らず』は足元にある明らかな罠にも気が行かなくなったためか、大きなトラバサミのうちの一つに片足がガッチリと食い込む。
「があああ!!」と足のトラバサミと体内に入った唐辛子類で傷みに大声を上げる『穴知らず』。
その声は並の人間ならそれだけで尻込みしそうな力強さだった。
僕は『穴知らず』の足のトラバサミがしっかり固定されていることを確認してから仕上げに入る。
「レビン!」
「なぁーお!(任せろ!)」
その瞬間。
パリッ!
レビンから発せられた『穴知らず』への小さな雷撃。
当然だが、この雷撃は小さすぎる故に大きな『穴知らず』への攻撃には当然ならない。
しかし目的は攻撃することではなく、浴びせた油に着火させることにあった。
一気に炎で包まれる、『穴知らず』。
毛皮に浴びた油瓶の油に加え、鹿肉にも油が仕込んである。
更に一際大きく「ぐあああああ!」と大きく吠える『穴知らず』だがそれが悪手となる。
空気を吸い込むと同時に炎は体内へと侵入し、鹿肉に仕込んだ大量の油にも着火される。
『穴知らず』は体の外からも体の中からも焼かれることになる。
『穴知らず』は力いっぱい逃げようとするが足に食い込んだ大型のトラバサミは外れることはなく、またそのトラバサミは鎖によって、近くの大木にくくりつけられ固定しているため、移動することが出来ない。
しばらくは力強く「がああああ!!」と声を上げていた『穴知らず』の声もだんだん聞こえなくなる。
恐らくは体内から激しく焼かれたことにより気管支部分が潰されたのだろう。
まともに呼吸ができなくなった『穴知らず』は息も絶え絶えになり始め、そしてその場に倒れ込む。
僕はそれでも決して油断せず近づこうとはしない。
片手にハンドブレイカーは握っているがこれは緊急時または最終仕上げ時用であった。
ひたすら僕は、外からも中からも焼かれ苦しむ熊をじっと見つめる。
それはまるで『穴知らず』が一方的に山羊を惨殺し、食した時の捕食者と獲物の関係のように、僕が今度は捕食者側となり、その『穴知らず』が獲物として一方的に狩られる側となる。
毛皮にも染み込んだだろう油の炎は簡単に消えること無く、轟々と燃え続ける。
当たりには毛皮や肉が焼ける不快な匂いが漂い始める。
それでも僕は油断すること無く見つめ続ける。
以前、鹿などを罠猟で狩る時に感じたことと、盗賊たちが村人たちの命を殺し回っていたことで僕の命についての価値観が変わった。
命は尊いものだ。
だが、それは時と場合による。
狩る側と狩られる側で命の価値が変わる。
僕は今狩る側の目線として命が尽きようとしている『穴知らず』を見つめ続ける。
「『穴知らず』、君も生きることに必死だったんだろう。だが、それは僕達も同じだ。毎日生きることに必死だ。すまないとは言わない。狩る側と狩られる側が変わっただけのことだ。だからせめてもの弔いだ。君の命が燃え尽きるまで、僕は目を離さず見届ける。」
自然と言葉が通じない『穴知らず』に話しかけていた。
それは『穴知らず』にというよりも自分へ言い聞かせていたのかもしれない。
しばらくすると炎は消え、完全に『穴知らず』も元は何だったのかわからないほどに焼けて倒れている。
油断はしない。
僕は最後に手に持ったハンドブレイカーに鎖を付ける。
この武器には多様性を持たせたいと思っていたので柄の部分に鎖を取り付けられるように設計している。
そして鎖を振り回すことにより遠心力での破壊力を持たせ、『穴知らず』の首目掛け叩き落とす。
一撃で太い『穴知らず』の頭部は切断される。
全てが終わり、日が昇った頃、焼け落ちた熊と熊を燃やした際の土地の修繕を先生と二人で行い、実地訓練は終了となった。




