【第40話】月光花と別れ
公爵様達が帰った後、先生は「少し休息の時間を増やそうか?」と聞いてきたが、それは僕もリリーも望まなかった。
お互い、心を寄せ合っているからこそ、過ごす時間が長くなればなるだけ確実に訪れる別れの時が辛い。
僕もリリーもそれを理解していた。
残り片手で数える位の数しか会えなくなるかもしれないが、それでも十分だと思った。
リリーもそう思ったからこその判断だと思う。
ただ、会える時は目一杯の思い出を残そうということになった。
喜び
楽しみ
笑い
そして悲しみ
これらを最大の贈り物としてリリーに託そうと思った。
先生の家にいる時はこれまでと何一つ変わりが無い生活を過ごした。
訓練に明け暮れ、ハンドブレイカーを研究し、レビンと共に知識を深め合う。
2ヶ月経てば教会に帰り、リリーを中心に色々なことを会話し、体験し思い出を作った。
だが何故だろう、沢山の思い出を過ごしたはずなのに、今までとは違い印象に残らない。
ポッカリと穴が空いたようでどこか空虚な思いが心に残る。
何をした?
何を話した?
何を一緒に楽しみ、何で一緒に悲しんだ?
それは薄く薄くまるで水で記憶を薄められたような感覚だった。
ある日、こんなんじゃだめだと意識を変える。
「先生、ご相談があるのですが。」
僕はとあることを思い出し先生にお願いをする。
「ん?ようやくか。構わない、言え。」
ようやくということは先生も薄々僕の態度が今までと違うと思っていたのだろう。
その打開策を先生から提案するのではなく、僕自身で考え、納得行くように待ってくれていたようだ。
「ありがとうございます。シスターとリリーと昔読んだ本の中に、『月光花』という花があるというのを思い出したんです。」
「月光花?なんだってまたそんなものを。」
そういって先生が疑問に思っているのでシスターに聞いた話をする。
「リリーの名前の由来なんだそうです。『月光花』はユリ科の花で満月の夜、幻想的な光を放ちながら揺れるとまるで魔法のような不思議な音が聞こえてくると。」
「ふむ、それでどこがリリーの名前の由来なんだ?」
先生が無精髭を撫でながら僕に聞いてくる。
「ユリの花の別名がリリーなんだそうです。そして『月光花』の花言葉が、純潔、愛らしさ、洗練された美という事でリリーにそうあってほしいと付けた名前だそうです。」
「なるほど。確かに今のリリーにはピッタリの名前だな。」
先生は笑みを浮かべている。
「ですよね。」
僕も合わせて笑みを浮かべる。
「それでこの『月光花』なんですが・・・」
そう言った所で先生は話を遮る。
「一緒に見に行きたいんだろ?大丈夫だ。咲く場所も時期も、時間も知っている。」
なんと先生は『月光花』の事を知り尽くしていた。
「『月光花』は貴重な花だが、薬草としても一級品だ。お前もそれを使っている。」
そうれを聞いて「へぇ!?」と変な声が出てしまった。
「ま、まさかとは思うんですが・・・。」
「そのまさかだ。お前のお供の軟膏塗り薬の材料のうちの一つだ。」
優しさと蜂蜜入の軟膏塗り薬が優しさと蜂蜜と月光花入の軟膏塗り薬に格上げされた。
「とんでもない高級品ですね・・・。これ・・・。」
どんどんと価値が上がっていく僕の手にある軟膏塗り薬だった。
「ちなみに『月光花』が満開になるのは丁度2週間後だ。運が良かったな。」
なんと2週間後に先生しか知らないような場所で『月光花』が満開になるということで案内して貰うことになる。
当然行き先は、あの森だった。
「どうせならシスターも連れて行くか?実はそんなに奥深くではない。場所も比較的安全な場所だ。」
先生からの提案に「是非に!」と答える。
翌日先生は朝一番でシスターに会って相談してくるという。
僕はその間はレビンと一緒に訓練だ。
お昼前には先生は帰ってきて、「シスターも是非にだとよ。」ということで急遽2週間後に森に『月光花』を見学することになった。
『月光花』見学日は雲一つないよく晴れた日だった。
「こういう時に『月光花』は一番良い効能で採集できるんだ。ついでに少し取っていくか。」
先生からの提案で少し薬草としての回収も行うことになった。
教会に行くといつものように賑やかに迎えてくれる皆、そして楽しみと不安が混ざっている表情のリリーだった。
「大丈夫?怖いならやめるよ?無理強いはしないからね。」
僕がそう聞くと、リリーは頭を横に振り、「絶対見に行く」とのことだった。
出発は夕方ごろになるということで、夕食は『月光花』を見ながらのお花見食事会となることとなった。
その時間は、村長に頼み、何人かの村人やレミーが預かるとのことだった。
「大丈夫。その日の内に返ってくるんだったら問題ないですから。是非楽しんできてください。」
そう言って送り出してくれたレミーはもう、あの時の恐怖が顔に浮かび震えていた様子は見て取れない。
出発の時間になり、準備を整えてるとやはりリリーが躊躇しているのが見て取れた。
やはり猪の一見は、心の傷になっていたのかもしれない。
「リリー・・・。」
そう声をかけると、「ニクス!」と手を握られる。
どうやら手を繋いで行く様だ。
「わかった。」とそれだけを言い一緒に歩いていくこととなる。
先生は数日前から行き帰りの道を重点的に獣達が寄らないように仕掛けを施し、かつシスターでも歩きやすいように道を開き、足場も障害物を排除してくれていたようだ。
「ありがとうございます、アッシェさん」
シスターはそのことに気がついたようで先生に礼を言うが先生は「気にしないでください。」と端的に答えていた。
先生が先導し、更に警戒をしながら歩みを合わせてくれ、僕とリリーそしてシスターは各々「楽しみだね」などとピクニック気分であった。
「ここだ。」
先生が案内してくれた場所には確かに景色が変わったように開けている場所だったが、とても『月光花』が咲いているような様子はなかった。
「本当にここなんですか?」
僕は思わずそう聞く。
「お前、なんで『月光花』に月光なんて付いてると思うんだ?」と、先生が珍しく勝ち誇ったような表情をしていた。
「まあ、見てな。」
数十分後、完全に日が落ち月明かりが僕達を照らし始めた時、それはまるで奇跡のように咲き誇りだす。
「これが・・・、『月光花』・・・。」
次々と花が咲き出し、辺り一面白く月明かりを吸収したかのように花が光を帯び一斉に咲き乱れる。
「わぁ・・・・。」
言葉にならない幻想的な光景が広がる。
風が少し吹くとリーン、リーンとどこからとも無く聞こえてくる。
「これが、私の名前の由来の花・・・。」
それを見ていたリリーが感激で涙を流す。
「ええそうです。リリーこの光景を皆で見ることが出来て本当に良かったと思います。」
そう言いリリーを抱きしめシスターも涙を流す。
「貴方がどんなに苦労を強いられるか、私達には想像もできませんが、その時はこの光景を思い出してください。この光景は貴方の道を照らしてくれる道標となってくれるはずですから。」
シスターの言葉に思わず僕も涙が流れ出ていた。
一際大きな風が吹き、『月光花』がリーン、リーンと鳴っている。
そして日が経ちリリーと別れの日が来る。
リリーは一切の涙を流すこと無く笑顔で各々に別れを告げている。
リリーは別れ際にこの様に宣言をした。
「私リリーはきっと皆さんとって恥ずかしくない回復魔法師となり、傷ついた人や病める人に対し、誠心誠意治療を施すことを、誓います。行ってきます。」
そう言い、馬車に乗り込みグラン=ヴァリエルへと旅立っていった。




