【第33話】組手と匂いの正体
いつも教会から、先生の家に向かう際は盛大に送り出されることが多かったが、今日は非常に物静かな感じでのお別れを告げ出発することになる。
「行ってらっしゃい、ニクス。2ヶ月後、どんな答えが出るか楽しみにしております。」
「2ヶ月後に良い結果が出せるよう努力してきます。いってきます。」
僕とシスターはそう言いながら別れ、リリーとはいつもと違い僕からハグをして別れることにした。
「行ってきます。リリー。そばに居てくれてありがとう。」
「行ってらっしゃい、ニクス、レビン。くれぐれも気をつけて。」
静かに手を振りながら帰路に立つ。
帰るまでは早速訓練だということで走って帰るももうこの程度の距離ならば重い荷物を背負ってでも移動することが出来た。
その姿を見てなにか先生は何時ものように無精髭を撫でながら何かを考えているようだった。
「何か考えてるんです?」
僕は特に考えること無く聞いていたが、先生は「後で話す」とだけ言いながら走り続ける。
先生の家についてからは荷物を卸し、先に食事の下準備だけを済ませてから残りの時間はトレーニングとなった。
ただし、いつもと決定的に違うところがあった。
「組手はわかるな?」
そう聞かれるので「一応」と答えると、格闘術の体幹と重心トレーニングの後、今後1日に1度だけ、この組手を入れることになった。
「組手は一対一の実戦形式で行う。目潰しや金的は無しとするが、素手同士での戦闘を想定して行う。一本入った時点でその日の組手は終了し、今まで通りの訓練を行うことにする。」
組手に対し説明がある。
「なるほどです。一本入れるということは寸止めもしなくていいということですか?」
その問いに先生はニヤリと笑う。
「その通りだ。だがお前が寸止めをしないように俺も寸止めはしない。実践で寸止めは無いからな。」
先生が嫌な笑みを浮かべた理由がわかった。
「そ、それで組手の訓練時間は?」
「一本入るまでだ。開始1秒で入れば終わりだし、1時間経っても続くようなら続行だ。」
今までで一番ハードかもしれない訓練だった。
開始1秒もしないで一方的に先生に殴られ終わるかもしれないし、1時間経ってもまだ先生と殴り合ってるかもしれないなんて次の日の状態がとても想像できなかった。
それを考えていたのを先生は見抜いていたようで、「安心しろ、最初は1秒も持たねえよ。」と更に笑顔を深めて言う。
こ、怖すぎる!
だが、これから2ヶ月は一日も休息はなくハードな訓練が続くんだ!と気合を入れるために両頬を叩きながら訓練に挑む。
もう昨日のように迷わないように。
昼食を食べた後、格闘術の体幹と重心のトレーニングの後、先程先生から説明があった組手を行うことになる。
「じゃあ、早速組手を開始するぞ。ルールは先程説明したとおりだ。」
「はい。」
そう言いながら僕は今まで格闘術基礎訓練で教わった構えを取るも先生は特に構えること無く棒立ちに近い状態で、左手だけを曲げ挑発するように手首をくいくいと動かす。
若干かちんと来た僕はその挑発にまんまと乗ってしまう。
「行きます!」
そう言いながら一気に間合いを詰める。そして放った右手正拳突きは見事にいなされ気がつけば先程、先生が挑発していた左手が僕の右腕をまるで蛇の様に絡み取り、気がつけば僕は宙を浮いていた。
「へっ!?」
そう思った瞬間だった。
僕の無防備になった腹めがけて先生の放った蹴りが飛んでくる。
その一瞬だった。
あの『匂い』がした。
この間の盗賊との死闘の中で僕は本能的にその『匂い』の正体に気がついていた。
それは『死』の匂いだということに。
他者からも匂うこともあるが、それは自身に対し『死が身近に迫った状態』であればあるほどその匂いは強烈になるのだと気が付いた。
先生の蹴りよりも先に匂ってきた『死の匂い』。
それを警告と捕らえ、僕は瞬間的に腹を庇うが先生の蹴りはそれを持ってしても耐え抜けられる強さではなく僕は吹き飛んでいく。
だが、なんとか蹴りの直撃自体は避けることが出来たのでなんとか受け身だけは取ることが出来た。
「まだ一本じゃ・・・ない!」と思った瞬間にはもう目の前に先生が立っておりデコピン一発をモロに喰らい今日の組手は終了となる。
「お前、良くあの一撃を防げたな?」
流石に庇ったとはいっても腹へのダメージは今までとは比べ物にならないほどだった。
「いててて・・・。実はあの『匂い』がしたので防げたんです。」
そう言うと先生がピクリと片眉だけ動かし「そのまま少し休憩しながら続けろ。」と説明を促してきた。
僕が先日での盗賊との戦闘やレビンを救出した際などのことを考慮した結果、こういう結論に至ったと説明をする。
それき静かに聞いた先生は「ふむ・・・。」と考え事をしたようだった。
それについての言及はそれ以降特に無かったが、たった一言だけアドバイスがあった。
「組手を開始する時にお前から行く、と宣言したら相手に対してアドバンテージが大きすぎるだろう。阿呆が。」
それを聞いて「しまった!」と口を抑える。
「はあ、動けそうならいつもどおりの訓練に戻るぞ。」
そう言われお腹を抑えながらも筋トレ等の訓練に戻る。
これは、先生に傷薬の作り方も教わらないといけないようだと身を持って実感した1日となった。




