【第24話】レビン
「ニクス!状態は?」
辺りを警戒しながら先生の声が聞こえる。
「弱っていますが問題ありません。」
状況が状況なので短い問答の後、一気にその場を離脱する。
「気をつけろ、そいつは気を失っているが濃いマナが垂れ流し状態だ。獣どもが寄ってくるかもしれない。」
小声だがはっきりと聞こえる先生の警戒が耳に入る。
お願いだ、なんとかそのマナを抑えてくれ。
心の中で呟いた瞬間、一気にその黒猫から発せられるマナが目に見えて減った。
「!?」
先生と僕は同時に驚く。
「ニクス、そいつは死にかけているのか?」
その場で少し確認するように先生が声を掛けてくる。
「いえ、先ほどと変わらないように思えます。もしかすると僕の心の声が届いたのかもしれません。」
「心の声?」
先生が疑問に思っているが、「いえ、先を急ぎましょう。」とだけ答える。
何故だろう、僕はこの猫を知っている気がする。
何故だろう、僕はこの猫と意思疎通が出来る気がする。
いくつもの何故?が出てくるが答えは出てこないので今は考えず、安全地帯への退却を急ぐ。
「追手はありますか?」と先生に聞くと「大丈夫なようだ。」と端的な答えがある。
眼の前には森の出口が広がっている。
「ふぅ・・・。」
僕は心の底から安堵する。
「安心するのはその猫をしっかり休ませてからにしろ。」
先生にそう言われ急いで教会へ向かおうとするが、先生は付いてこない。
「どうかしたのですか?」と聞くと数日間森に居座り、途中で斬り伏せた獣の処理と異変が起こらないかの監視をしてから戻るということであった。
「わかりました。お気をつけて。」
「お前もな。それと俺が居ない間もストレッチだけはしておけ。ここまでの実戦経験だ。まず間違いなく身体にダメージが出る。」
そう言い、先生は懐からいつも愛用している軟膏薬を出してくれる。
「ありがとうございます。」
「ではな。」
そういい、風のようにまた先生は森に入っていく。
しばらくすると教会が見えてくるが、その教会の前にはリリーとシスターが二人固って心配そうな様子をしていたので声を掛ける。
「ここにいらしたんですか?今戻りました。」
そう言うとシスターは至極安堵した様子であったがリリーは無言のまま僕に近づき平手打ちを放ってきた。
僕は両手が塞がっているのでモロに左頬にそれを食らう。
「馬鹿!本当に心配したんだからね!」
そう言って目を腫らしているリリーを見て取り繕うこと無く、一言だけ「ごめん。」と謝った。
それはそうだろう、3日意識不明で寝ていた人物が急に目を覚ましたかと思うと、すぐに危険な森の中に突撃してしまったのだ。
心配されて当然だと思えた。
「で、問題は解決したの?あれ?その、猫?」
リリーは平手打ちで気分が晴れたのか、状況の確認を冷静に行っていたようだが僕の腕で眠る猫を見て疑問形になる。
それはそうだろう。確かに猫は額に赤い魔石が付いており、しかも毛も砂っぽくゴワゴワしている。
「猫・・・だと思う・・・。」
改めてみると僕も思わず疑問形にならざるを得なかった。
「さあさ、問題が解決したなら家に戻りましょう。その猫ちゃんも休ませなければいけませんしね。」
シスターは完全に猫だと言うことで認識しているようだ。
なので猫でいいだろう。
「はい、ご心配をおかけしました。」
そう頭を下げると、「いつものことですもの。」と返されてしまった。
本当にシスターとリリーには頭が上がらない。
部屋に入り暖かい場所へ猫を下ろしてやると、教会に居た皆が近寄ってきた。
「なにこれー?」
「ねこー?たぬきー?」
「うーん?あ、魔石が付いてるよー?」
等など散々な言われようだった。
「あはは、今は寝てるからゆっくりさせてあげてね。」とお願いすると人集りは解散したがチラチラとこちらの様子を伺っているようだった。
「とりあえず、先生にもらった乳があったからそれを持ってきてあげるか。」
そう準備をしているとリリーも手伝ってくれるようであった。
「折角ならパンも持っていってあげて、目が覚めたら乳に浸して食べさせてあげたら?」
「それはいいね、そうしよう。」
この教会で動物を飼うことは基本許されていないので初めての経験となる。
そのため二人で懸命にアイデアを絞りながらその猫の様子を起こさない程度に観察することにした。
その夜は僕もリリーも部屋には戻らず、温かい広間で過ごさせてもらうことをシスターから許可をもらい、二人で交代で様子を見ることにした。
静まり返った広間でリリーと二人で会話をする。
「で、何が起きてこうなったの?勿論、姉である私には教えてくれるわよね?」
ぐっとリリーに迫られてしまったので僕は渋々答えることにした。
「・・・へえ、そんな不思議なことがあったのね。」
リリーは疑問も抱かず全てを手放しで信じてくれる。それが素直に嬉しい。
「うん、本当に不思議なんだ。」
そう言い、手を伸ばすとやはり広間に漂っている闇のマナが視えており、ずわっとその中に手を突っ込むような感じに視えていた。
「ところで・・・、リリーもなにかあったの?」
思わずそう聞いてしまう。
「えっ?」
突飛な質問にリリーは戸惑っている。
「勿論答えたくなかったらそれで良いんだ。強要したいわけじゃないから。」
そう言うとリリーは少しの沈黙の後、先日の上級文官貴族とのやりとりを話してくれる。
「そんな・・・。それは決定事項なの?」
僕は思わず頭が真っ白になりながらリリーに確認する。
その問いにリリーは頷くだけで答える。
リリーにも受け入れがたい事実なのだとそれで理解できる。
「そっか・・・。2年後か・・・。」
思わずそう呟いてしまうとリリーは作り笑いで答える。
「でもね!アカデミーだよ!貴族様位しか入れないような場所なのに!いっぱい本も読めるし勉強も出来る!」
リリーは手一杯広げながら取り繕っているように見える。
「リリー・・・」
僕はその姿が痛々しく見えて思わず静止させようとするがリリーは続ける。
「それに回復魔法使いになったら皆を幸せにできる!どうせならなんだって治せる様なすごい回復魔法使いになるんだから!」
「リリー!」
思わず声を上げリリーを静止させ抱きしめる。
「今はいいんだよ、今は大丈夫。誰も見ていない。僕も見ていない。」
そう言うとリリーは僕の胸の中でわんわん泣き出した。
しばらくそうしているとリリーは泣きつかれたのか寝入ってしまった。
そっとリリーを横にし、頭を撫でてあげる。
「それにしても本当に何が何やら・・・。」
8才になったことでの変化があまりに多すぎた。
「うーん・・・。」
色々と考えている内に僕もいつの間にか眠ってしまったようだった。
不思議な夢を見る。
白く大きな光の玉が2つありそれがくるくると交差している。
まるで踊っている様に見えたその2つの光は交差しながらゆっくりと1つになっていく。
そんな不思議な夢だった。
「なぁーお」
「ん・・・、もう少しだけ寝かせて・・・。」
「なぁーお!」
「うお!なんだ!」
急に頭に何かが乗ってきた感覚に目を覚ます。
ガバッっと起きたことでそれは床にシュタッ!っと綺麗に着地をする。
あの猫だった。
「あ、起きたんだね!良かった。」
「なぁーお(お陰様でな。助かったぜ。)」
「うんうん、無事で良かった。」
等と猫とやり取りをしているとリリーは先に起きてたようで僕と猫のやり取りを不思議そうに見ている。
「ニクス・・・、猫と話ししてるの・・・?大丈夫・・・?」
本気で僕がおかしくなったかの様な表情をしながらこっちを見ている。
「そうそ・・・、えっ!!!」
相槌を打とうかと思ったその瞬間、確かになんで猫の言ってることがわかるんだ!?と自分の中に衝撃が走る。
「なぁーお(それより腹が減ってしょうがねえんだが、これのおかわりくれるか?)」
「わ、わかった・・・。」
僕は頭が空っぽになりながら猫の要求通り乳と乳を浸したパンを持ってくる。
「なぁーお♪(やっぱ、飯がうまいのは良いことだな♪)」
やはり僕はこの猫が言っている言葉がわかる。
「うーん・・・。」両手で頭を抱える。なんで!?
そんなことを考えていると起床の時間になったようで皆が一斉に降りてくる。
やはり猫のことが気になっていたようで一斉に近づいてくるのがわかった。
「あ、おきてるー!」
「かわいいねー!ごはんたべてるよー!」
「かわいいかー?」
「お名前なんて言うのー?」
等など色々な言葉が飛んでくる。
そこにシスターが現れ、「はいはい。そこまでにしましょ。」と手を叩きながら皆に号令をかける。
「猫の様子はもう大丈夫なようね?それなら、リリー、ニクス、朝食の準備手伝ってくれるかしら?」
そう言われたので、考えてもわからないものは放り投げて、シスターのお手伝いをする。
「お前はそこでゆっくりしてろ。」
猫にそう言うと「なぁーお(そうさせてもらう。)」と返答がある。
だからなんで!?
朝食時にふと疑問に思ったことが口から出た。
「あれ、そういえば黄色って何属性なんだろう。」
確かに色々と魔法属性には色がついているが黄色は僕の知識にはなかった。
「黄色は珍しいですが、確か雷の属性だった気がします。」
シスターからそう聞き、確かに初耳だと思っていた。
「雷かあ。聞いたこともないし、どうやって使うのかも想像できないなあ。」
雷は自然現象では目撃し、たまに落雷で木が折れたり燃えてたりするのは見かけたことがあったが、実際はほとんどどんなものか知らない現象だった。
「そうですね、雷のような四元素以外のことはそれこそアカデミーに入って研究でもしないと無理でしょうね。」
シスターにそう言われ思わずリリーの顔を見て「アカデミーかあ・・・。」と呟いてしまった。
リリーは「私の顔なんて見たってわからないよ!」と怒っている。
食後、特にやることが無くなったのでリリーとシスターと3人でもう一度あの猫のことを観察することにした。
「それにしてもお前は本当になんなんだ?」
言葉がわかるような気がしてから更に不審な気持ちになり思わず聞いてしまう。
「なぁーお(知らん、俺は俺だ。)」
そりゃそうだよなあ、と内心がっくり来た。
「そういえばこの子、お名前は決めたのかしらの?」
シスターからそう言われ、さっきもそんな事言われたなと思い出す。
「お前、名前は?」
「なぁーお?(さぁ?)」
「無いそうです。」
そう答えるとシスターが驚いた顔でこちらを見ていた。先程のリリーと同じ様な表情で笑えてしまった。
「んー、じゃあ、黒いからクロ!」
リリーの安直すぎる命名が発動した。
「なぁーお!(却下だ!)」
却下されたようだ。それを伝えると「えー!かわいいのにー。」と文句が聞こえてくる。
「んー・・・、黄色・・・。雷か・・・。」
僕がそう呟くとシスターが「そうだわ!」と閃いたようだ。
「雷を意味する古語で『レビン』はどうでしょう?」
教会に住まうものの大半はこうしてシスターの閃きにより名を授かっているものが多い。
勿論僕もそうだし、リリーもそうだった。
「なぁーお!(『レビン』か、気に入った!)」
「気に入ったそうですよ。」と伝えると「あらあら、フフッ」といつもの笑顔でシスターも喜ぶ。
「今日からお前は『レビン』だ、よろしくね!」
そう伝えると「なぁーお!(こちらこそな!)」と返答がある。
こうして僕に新しい家族に「レビン」が加わることになった。




