【第16話】森の異変【番外編】
アッシェはニクスを引き取る根本的な原因である「フォレストボア」のことがどうにも気になっていた。
「なぜ、あの猪は罠が仕掛けてあり、しかも獣が入らないような仕組みまで組み込んだのに降りてきた?」
独り言を呟きながら頭を回転させ、あの猪が亡骸となって倒れていた周囲を見渡す。
勿論、あの一件以来、暫くの間は森には決して近づかず、入ったりしないようにとシスターは勿論、村長に強く言い、アッシェが調査に入るまでここには誰一人として来てはいない。
仕掛けというのは単純に罠だけではなく、他の獣が残すような擬似的なマーキングだったり、マナを使ったある種の結界の様なものを作り出し、弱い獣であっても嫌がるようなものを組み合わせていた。
元冒険者であったアッシェにしてみればその様な工作は当たり前の様に出来たし、片足を失ってなお罠猟を中心とした狩りが成立しているのはこの経験に基づくものである。
それ故、狩人というよりも元冒険者としての危険信号が脳内で響いている様な気がしており、ニクスが最初の教会への帰宅をしている最中に、再度この森への調査を行うことにした。
あの一件以降多少の時間は経ってはいるが、まだあのフォレストボアの残穢は残っている。
一般人ならばとてもじゃないが、気が付かないであろう痕跡を見つけることが出来たし、追うことも出来た。
その痕跡を静かに、確かに追っていく。
その途中、危険度の薄い比較的どこにでもいるような獣や魔獣を発見したがこれらには手は出さない。
現状手を出したところで回収までを考慮できないので、下手に死体を残しておくとそれだけでも他の獣を引き呼び出す原因となってしまうからだ。
「こいつらが原因ではないな・・・。」
決定的な原因ではないことは明白であったため、更に歩を進めると、森の空気が一変したのを肌に感じ、全身の毛が逆立つような警戒信号を出していた。
こいつか、と声には出さずより注意深く、気配を消しながら、更に自身が最も得意としていた『熱操作の魔法』を駆使し、自身の体温を外部からでは感知しづらくなる魔法をかける。
【熱の遮断】
そうして、その場で観察していると一頭の大型の虎型の獣が目に入る。しかも明らかに強いマナを垂れ流しているということは魔獣である。
虎型の獣はそれだけでも十分に脅威である。
成獣であれば体長もかなりの大きさになり爪や牙での破壊力は生身で一つでも喰らえば致命傷になりかねない。
それに加えてとんでもない速力があり、障害物が多い森の中であったととしても脅威のバランス力を発揮しながら縦横無尽に攻撃してくる。
それだけも厄介なのに今回の虎型獣は魔法が使える魔獣である。
恐らく風貌から考えるに『ゼフィールタイガル』で間違いないだろう。
等級で言えば銅級のパーティか銀級で対等程度になる、魔獣である。
アッシェは現役時代は銀級の冒険者であり、二つ名も付く位の銀級の中でも上位冒険者ではあったが、片足を失い、冒険者から転身してからかなりのブランクもある。
現役時代では条件次第ではソロで戦えたかもしれないが、今ではほぼ100%の確率でこちらが一方的に蹂躙されるだけだろう。
状況の確認をしてからのアッシェの行動は早かった。
一気に撤退し、村長へ状況の報告及び情報の共有をおこなうと共に、即時冒険者ギルドへの討伐依頼の発行を依頼する。
通常の討伐依頼は依頼金を依頼主が支払うことで初めて冒険者ギルドに受理されるが、銀級以上の討伐対象となると、依頼金は免除される。
しかも、村や街など、比較的人が集まりやすい場所に発生した場合や、発生したことによる二次的な被害が想定される場合、それは『緊急討伐依頼』となり討伐報奨金は国より、通常の報奨額に上乗せで金額が上がるという仕組みである。
加えて討伐対象の素材を持ち帰ることが出来れば、パーティであっても合算すれば一ヶ月近くは不自由無く暮らせる程度の金額は手に入ると思われる。
こうした仕組みを作ることで緊急性が高い依頼は人々は萎縮すること無く、報告することが出来るうえに、こうした魔獣は下手に放置し年月がすぎると、より脅威度が跳ね上がり、場合によっては『名前付き』と呼ばれる個体になる場合がある。
『ネームド』になった個体の対応は討伐難易度が跳ね上がり、場合によっては国軍を動かさざる得ない場合にまで発展する可能性がある。
そういったことの予防策としても早急に対処されることから非常に重宝されている制度である。
今回は発見者が元冒険者で銀級であったアッシェであったこともあり、報告も迅速かつ的確に行われ、緊急討伐案件も即刻受理され討伐が行われることとなった。
「それにしても今まであの森で数年狩りを行ってきたが、今回のような明らかに次元が違う魔獣は存在していなかった。何かまだ別の要素でもあるのか?」
今までとは明らかに異質な存在が生まれる場合、それは往々にして何かしらの原因が存在するとアッシェは考えているし、それは統計的も間違いではなかった。
「まあ、残念だが今の俺じゃあとてもあれ以上踏み込むことは出来そうもないな。ここらが潮時だな。」
そうアッシェは無精髭を撫でながら一人考えるのであった。




