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サンタクロースは犯罪者

作者: 雨水
掲載日:2025/11/23

ニュージーランド、オークランド。午後十一時五十三分。この街の全てが、僕の存在に気づいていない。


僕の名前はサンタクロース。この世界でサンタクロースは、今も昔も僕一人だけだ。


サンタクロースは大魔導士だ。大魔導師として、人間にできないことは大体何でもできる。空間転移、時間の操作、物質の透過、思考の読み取り——。どれも、子供たちを傷つけないための技術だ。だが、どれほど強大な力を持っていても、物理法則の一つだけは曲げられない。


地球の自転だ。


地球の自転だけが、僕に追いつき、追い越そうとする唯一の存在だ。


僕は地球の自転速度に合わせて、正確に西へ西へと移動しなければならない。時差を利用して、各地域の深夜に侵入する。早すぎれば子供たちがまだ起きているし、遅すぎれば朝日と共に起きてしまう。24時間で約20億人の子供。一人あたり平均0.00004秒。


良い子にしているかなんてどうでもいい。そんなことを確認している時間はない。時間勝負だ。


人口が増えすぎて困る。1950年代は楽だったのに。


効率化のために、僕は自分の主観時間を加速させる魔法を使う。外の世界は極度のスローモーションになり、一軒に約30秒かけられる。それでも時間はギリギリだ。


「さて、始めますか」


ニュージーランド、最初の家の煙突——もちろん存在しないので屋根——に立つ。防犯カメラ、モーションセンサー、窓の振動センサー、スマートロック。僕は小さく手を振り、全ての電子機器を一時的に眠らせた。


屋根を透過して、リビングに降り立つ。五歳の女の子、エマの家だ。ツリーの下に人形を置き——


ふと、魔法の集中が緩んだ。一瞬だ。


「サンタさん?」


背後から小さな声。振り向くと、エマが階段の途中で目をこすっていた。


まずい。見られた。


僕は瞬時に判断し、周囲の時間を完全に止めた。エマを含む世界中の全てが静止する。彼女の驚いた表情が空中で固まっている。


一秒でも早くここから消えなければ。だが、彼女の驚きを、僕は焼き付けてしまった。


完全な時間停止は膨大な魔力を消費する。この状態を維持できるのは主観時間で十秒が限界だ。僕は急いでプレゼントを置き、窓から退出し、時間を再開させた。


エマの視界から、僕は一瞬で消えた。彼女は首を傾げている。


——いや、待て。


僕は少しだけ考えた後、決断した。窓の外から、彼女に向かって小さく手を振る。魔法は解除したまま。


エマの目が大きく見開かれた。そして、満面の笑みを浮かべて手を振り返してくれた。


「メリークリスマス」


僕は小声で言うと、空へと飛び立った。彼女は窓から僕を見送り、やがて嬉しそうに寝室へ戻っていく。


今夜、彼女は素敵な夢を見るだろう。いや、夢じゃない。本当の出来事だ。


「ふう…」


次はシドニー。そしてジャカルタ。バンコク。


侵入、配達、退出。侵入、配達、退出。完璧な犯罪の繰り返しだ。


住居侵入罪を世界規模で犯している自覚はある。各国の刑法に照らし合わせれば、僕の罪状は数え切れない。不法侵入、無断立ち入り、場合によっては器物損壊(煙突を使う時代は、よく煤で汚した)。


だが、捕まったことは一度もない。大魔導師の力を持ってすれば、防犯システムなど子供の玩具に等しい。


ムンバイ。高層マンションの32階。ここは厄介だ。エレベーターには防犯カメラ、廊下には赤外線センサー、ドアには顔認証システム。


僕は壁を透過して侵入した。物理法則を無視できるのは便利だが、あまり使いすぎると魔力消費が激しい。今夜はまだ先が長い。


リビングに入ると、六歳の男の子ラジェシュが床に倒れていた。いや、寝ている。ソファで寝るつもりが、床に転がり落ちたようだ。


「待ち伏せしてたのかな」


僕は苦笑しながら、魔法で彼をベッドまで運んだ。プレゼントはツリーの下に。そっとドアから——いや、壁を透過して退出。


ドバイ。モスクワ。


疲労が蓄積してきた。大魔導師でも、魔力は無限ではない。だが弱音を吐いている暇はない。ヨーロッパ、アフリカ、そして最後に南北アメリカ大陸が待っている。


「AI搭載の監視カメラ、顔認証、生体認証、ドローン警備——。技術は進化する。僕の仕事は年々厄介になるな」


ベルリン。この家の警備は異常だった。軍用レベルのセキュリティシステム、赤外線レーザーグリッド、さらには——


「犬?」


玄関の内側に、大型の警備犬が二匹寝ていた。いや、寝ているふりをしている。僕が侵入した瞬間、両方の耳がぴくりと動いた。


犬は魔法が効きにくい。獣の本能は、魔法の影響を受けにくい。


僕は一瞬だけ魔法を解除し、動物と話せる魔法に切り替えた。『静かに。子供のためだ』


犬たちは僕を見つめ——あれ、尻尾を振っている?


『……覚えてくれてたのか』


去年も、一昨年も、この家には来ている。彼らは僕を覚えていたようだ。


犬たちは満足そうに目を閉じた。信頼してくれている。


「ありがとう」


再び加速魔法をかけ直し、プレゼントを置いて退出した。


ロンドン。レイキャビク。


大西洋を越えて、ついにアメリカ大陸へ。


ニューヨーク、マンハッタンの高層ビル群。ここの配達は特に神経を使う。富裕層の家は警備が厳重で、貧困層の家は——心が痛む。


ブルックリンの古いアパート。暖房も十分でない部屋に、七歳の男の子が毛布にくるまって寝ていた。母親は夜勤で不在のようだ。


僕は予定よりも少し豪華なプレゼント——暖かいコートと絵本のセット——を置いた。ついでに、魔法で暖房を少し効きやすくしておいた。


魔力の底が抜けるような感覚。だが、構うものか。


シカゴ。デンバー。


西へ西へと移動を続ける。地球の自転と共に、僕も進む。


ロサンゼルス、ビバリーヒルズの豪邸。プール付き、警備員三名、監視カメラ四十台。セレブの子供だ。


「派手だなあ」


僕は全てのカメラを無効化し、警備員たちに軽い眠りの魔法をかけた。侵入して、プレゼントを——


すでに山のようなプレゼントがツリーの下にあった。両親からだろう。最新のゲーム機、高級な玩具、ブランドの子供服。


僕のプレゼント——手作りの木製の玩具——は、その中で地味に見えた。


「まあ、いいか」


プレゼントの価値は、値段じゃない。少なくとも、僕はそう信じたい。


そっと置いて、退出した。


ホノルル。サモア。そして——


再びニュージーランド。一周した。


僕は南極の氷山の上に降り立ち、座り込んだ。全身の魔力が空っぽだ。筋肉痛ならぬ、魔力痛。氷の冷たさが手のひらに突き刺さる。重力が、いつもの三倍に感じる。


24時間で地球を一周。約20億人の子供にプレゼントを届けた。完璧だ。


「世界最悪の連続不法侵入犯だな」


僕は空を見上げて笑った。オーロラが美しく輝いている。


今も世界中のどこかで、子供たちが目を覚まし始めている。両親は「サンタさんが来たね」と微笑む。誰も、大魔導師が一晩で何十億件もの住居侵入を犯したとは思わない。


僕はゆっくりと立ち上がった。北極の自宅に帰る時間だ。来年のために、また準備を始めなければ。


魔法で世界を守る者もいれば、魔法で世界を脅かす者もいる。


そして僕は——魔法で世界中に不法侵入する者だ。ただの、夜の侵入者だ。世界で最も必要とされる犯罪者だ。


メリークリスマス。また来年、君たちの家に忍び込むよ。

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