Verse 3 月立ちの|追憶《トキ》
空に消えたあの日の続きを、
誰かがそっと再生している。
月の影に揺れる声は、
覚えているだろうか――わたしを。
――Verse 3 月立ちの追憶
息を飲み込む。
喉奥で飲み込んだ空気が、肺の中で重たく沈んだ。
腐った壁の匂いは、湿った紙と古い血が混じったようで、鼻腔にこびりつく。
足先で床を探ると、べたりとした感触が靴底に貼りつき、心臓が一拍早く跳ねた。
――まずは窓を探そう。
微かな夜光が、黒に溶けかけた室内を縫うように漂っている。
足音を立てまいと、膝を固く支えながら一歩……また一歩と……。
壁のシミが月明かりにじわりと浮かび、まるで生き物のように脈打って見えた。
窓に辿り着き、ボロボロのカーテンをそっとめくる。
指先に触れた瞬間、布は粉のように崩れ落ち、白い欠片が闇に散った。
取っ手に手をかけた瞬間――ぽろり。
腐り落ちた金具が足元に転がり、乾いた音が響く。
引き戸へ手を添える。
ぬるりとした感触が皮膚を這い、脳裏に警鐘が鳴る。『……っ』反射的に布で拭うが、その布すらも湿って冷たかった。
――呼吸を整えよう。
……と深呼吸をしようとした瞬間――
「スーッ……ガハッ」カビの粒子が喉をざらつかせ、肺に刺さる。
むせるたび、胸の奥が焼けるように熱くなる。
腐った引き戸を全力で引く。
摩擦音が耳を裂き、背筋を氷の指でなぞられたような寒気が走る。
ようやく開いた隙間から、夜の空気が雪崩れ込んだ。
そこにあったのは、月が見えない空。
代わりに広がる“紅闇”の空色――深紅が静かに脈打ち、血を流したような縦糸が空を覆うように垂れ下がり、夜を編んでいく。
その瞬間、喉の痛みも、手のべたつきも、すべて意識の外へ押しやられた。
息を吐く……白く揺れた吐息は、すぐに紅に溶けて消えた。
――ここは、“たゆたう月の涯”だよ……ね?お父さん。
不安が胸の奥の何かを静かに締めつけた。
空から視線をゆっくりと下げる。
……地上が、思っていたよりも遠い。
足元の先には、背の高い草木が風に揺れ、中庭を覆い尽くしている。
玄関は朽ち果て、外壁はひび割れ、かつての色を忘れてしまったかのようだ。
その周囲には、店らしき建物がぽつぽつと並んでいる。
今にも落ちそうな看板を掲げる建材屋、窓越しに錆びた機械が無造作に積まれた工具店。
……その時、視界の奥に“異質なモノ”があった。
他のどの建物とも似つかない─静かに佇む“家”。
『……あれは?』
気づけば、目はそこから離れなくなっていた。
『ねぇ、お父さん……。前に話してくれた果てしなく儚い月夜の|朧の径。そのさ……“帰って”きた話の、続きを聞かせてよ。』
庭の片隅、お父さんは“謎に怪しい機械”で作業しているとこだった。
こちらに振り向いた顔は、月の話をするとき特有のあのにやりとした笑み。
『よく覚えてたな?気になるのか?ん?』
――私より子どもじゃん……。
心の声をそっと置いて『そんなんじゃないし』と、強がって言う私。
この他にもたくさんの月の話をしてくれていた……。
ただ、幼い頃に聞いていたこの話が途中であったことをなぜか思い出した。
私の顔を一瞥し、作業がひと段落したのか横に腰掛けて話を始める。
『そうだな……“この時は病室”に居たな。レンガ造りの玄関口、その周りを囲む花壇が綺麗に造られてる。ここらでは一番大きい病院だな。辺りには大小様々な俺の好きなお店が建ち並んでいた。』
一つ呼吸を置き、置いてある機械と自分の腕を交互に指しながら『今そこにある装置、この腕輪も。おっと……話が逸れたな。大きな病院で爺さんのお迎えを感じて、その、その……なんだ……過ごしてた。』
先ほどとは違って遠くを見るような表情をするお父さんの顔……。
少し間を置いたのが気になった。
『おじいちゃん?ってお父さんのおじいちゃん?』
お父さんの雰囲気に包まれた私はそっと聞き返す。
『そだな。親父のお父さん。……なんとなく会わなきゃ……この時はそう想ったんだよ』
時より見せる微笑んだ顔のお父さん。私の胸がふわっとした。
『おじいちゃんとはお話出来たの?』
出来るだけ優しく問いかけた。
静かに首を横に振るお父さん。
『陽が沈むころになると、爺さんは決まって空を見上げるんだ。』
『空?』その言葉を口にした瞬間、私は思わず身体が前に傾いた。
『月が昇っても、気が済むまでずっとな。テコでも動かない。』
『あの頑固さに、親父が何度も腹を立ててたっけな……。』
フッ、とお父さんの口角が上がった。
『おじいちゃんが怒ったの?』
私の前ではニコニコしていつも優しい“たつじ”おじいちゃん。
『月を見ている時に必ずといっていいほど呟いてる。前に話した時、おまえにも言ったぞ?覚えてるか?』
首を斜め横に傾け……私をみてる。
『え?‥あっ。』
あの時、ふてくされてたのが何故か恥ずかしくなった私は顔を横にしながら『もう一度、ちゃんと聞きたくなったの!』
不思議そうに首をかしげて『“ことは”、あの時もちゃんと聞いてたぞ?』
お父さんにはそう見えてたらしく心の中で私は――ごめんね……お父さん。と、呟く。
少しの無音の間が互いに顔を見合わせる。
と、同時に『ぷっ』と笑った。
『それじゃあもう一度言うぞ?爺さんは……。』
ピ……ジジッ……シュゥゥゥ。
耳鳴りのような電子音が“謎に怪しい機械”から降り注ぎ、空気そのものがきしむように揺らぐ。
直後、空に文字が浮かび上がった――。
「SYSTEM FAILURE: Core Integrity Compromised REBOOT SEQUENCE... ERR## SIG/LOST... ##%$@—//:: MEMORY[###]====???? 」
『すまん……“ことは”、この続きはまた今度。それとな……“ことは”、月には、おまえと……。』
ビーと言う音とともに煙と電気が空へ走っている。
電源付近へとお父さんが慌ててかけよる。
続きが気になる私はその胸の内を隠して『はーい、仕事頑張ってね、お父さん。』
空を見上げた私はじっと、月を探してた……。
本作をお読みいただき、ありがとうございました。
登場人物たちが抱える痛みや願い、そしてそれでも前へ進もうとする心を、物語を通して丁寧に描き続けたいと思っています。
この物語はまだ続きます。
次の章でまたページを開いていただけたら、とても嬉しいです。
この作品について
本作『Roots-紅の夜明け-』は、執筆の過程においてAIアシスタント C.O.T.O.H.A. の補助編集を受けています。
ただし核となるプロット、構成、セリフ、細部表現などはすべて作者 雁ヶ音むすび が考案・改変しています。
読者の皆さまには、どこまでがAI出力で、どこからが作者の筆かを味わっていただければ幸いです。
雁ヶ音むすびwith C.O.T.O.H.A




