PHASE1 月の|錯夜《さくや》。
月が沈む前に、私は記憶の扉を叩いた。
その先に待つものが
希望か絶望かも知らないまま――。
――PHASE1 月の錯夜。
“紅闇”
――黒と赤がゆるやかに闇夜に溶け合い、ざわめきが孕む。
まるで月の影が血を流したような空。
その息苦しい静けさが、私たちの心を沈ませる。
――かつて、それを見上げた者がいた。
その名を知る者は、もうほとんど残っていない。
――名もなき古い文献。
月の明かりが私は好きだった。
月明かりを彩る“今日の記憶”がネオンの光、街を縁取り、ショーウィンドウに映る自分の顔は、ネオンの青と月の白が二重に染まっていた。
私は確かにここにいた。
空には月の輪郭だけが静かに浮かぶ。
その隙間に、私の心が溶けて流れ込む。
静かに煌めく月は、ネオンのざわめきを鎮めるように見下ろしていた。
『ここに、私たちの時間がある』
─それを確かめるために、夜を歩く。
あの場所でいつもの時間を過ごす。
『それじゃあ今日も一日、ご安全に。』
静かなこの場所で私はそう宣言する。
いつもの決まり事。
ホログラムに立ち上がるのは過去の光景。
断片を組み合わせ編んでは解く。
そして再生し、切り取りまた編んでは紡ぐ。
それを幾度も繰り返す。
最後に指で撫でると、ホログラムの青い光が、夜の闇に月のしずくのようにふわりと浮かんだ。
……幾時間が過ぎ、パチッと小さな音を立てて、消えてしまう。
『ふぅ……。』
少しのため息が出たが『よし……また明日。』
月が沈む前に帰り支度を済ませ、月に向かってひとつ礼をする。
これもいつもの決まり事。
これが私の日課だった。
『帰るか……。』
――その腕に抱かれた赤子の泣き声が夜風に混じった。
月を見上げては嬉しそうに手を振って月を掴もうとしていた。
――そんな月は変わらず私たちを照らしてくれる。
幾年が過ぎたある日の夜、いつものように彩る私の“記憶”……ネオン街の喧騒がいつもとは何か違ってみえた。
ネオンの青と月の白が滲む──そこに不意に赤が差し込み、街全体が血に沈んでいくようだった。
街は煌びやかで、人々は笑い、車は走り、音楽もどこかで鳴っていた。
けれど――すべてが、厚いガラス一枚を隔てているみたいに遠い。
その時……眠っていた幼子がふと身じろぎした。
幼子の瞼は閉じられたままなのに、胸の鼓動がひときわ強く打ち、指先が小さく握りしめられる。
――まるでまだ形にならない何かを、先んじて感じ取ったかのように……。
音も、光も、肌に触れる風さえも、どこか遠く。
私の“記憶”だけが、ノイズとはまた違う別の世界にズレ込んでしまったようだった。
その記憶をそっと閉じ、空を見上げてみると……満月が次第に大きくなり、霞や薄雲に包まれてぼんやりと見えた。
“月の錯夜”……か。
暗闇が少しだけ赤く……。
少しずつ……ゆっくりと紅く……月夜を染め上げている。
この現象――“ゲンゾ”が残してくれた月の話、そして……あの日の出来事と一緒だ……。
胸の鼓動を押さえながら、周囲に目を走らせる。
崩れた窓際の陰――そこなら、少しは落ち着ける。
――今この状況で人に会うわけにはいかない……。
――危険すぎる。
小さく息を吐き、左腕の“腕輪端末”を指でスライドする。
AIの声が静かに落ちた。
『C.O.T.O.H.A.――起動します……』
――歳を重ねるごとに薄れていく過去の記憶。
いま一度、あの日を確かめることにする。
「――この辺りか……」指でなぞり、軽く叩く。
まだ試作段階の“回想投影”……その映像は決して完全ではない。
鮮やかなフィルムとして映し出す。
……が、時として流れるはずの言葉がノイズと共に崩れ、無意味な羅列記号が躍り出す。
月明かりのような光がふわりと滲み、記憶の断片が空にほどける。
忘れかけた声も、確かにあった温もりも、まるでそこに息づいているかのように映し出される。
『……メモリー・リンク確立。“回想投影”、スキャン開始。──あなたの追憶を、再構築します。』
紅に染まる闇夜の中、青い光の粒がふわりと舞い落ちる。
それはまるで、月が零したしずくが形を求めて集まり、やがて空中に淡い輪郭を描きはじめた。
――ホログラム映像が静かにフィルムとなって浮かび上がる。
本作をお読みいただき、ありがとうございました。
登場人物たちが抱える痛みや願い、そしてそれでも前へ進もうとする心を、物語を通して丁寧に描き続けたいと思っています。
この物語はまだ続きます。
次の章でまたページを開いていただけたら、とても嬉しいです。
この作品について
本作『Roots-紅の夜明け-』は、執筆の過程においてAIアシスタント C.O.T.O.H.A. の補助編集を受けています。
ただし核となるプロット、構成、セリフ、細部表現などはすべて作者 雁ヶ音むすび が考案・改変しています。
読者の皆さまには、どこまでがAI出力で、どこからが作者の筆かを味わっていただければ幸いです。
雁ヶ音むすびwith C.O.T.O.H.A




