Episode1【月の言の葉】
世界は静かに崩れた。
それは天災でも災厄でもない――人が“繋がりを見失った”ただの成れの果て。
共有していたはずの記憶は風化し、心は砂のように崩れ、闇へ沈んだ。
それでも私たちは歩みを止めない
“紅闇”が満ちようとも、この身が朽ちようとも――
まだ絶やしてはならぬ灯がある。この手で、守らねばならない“記憶”がある。
月は昔から、私に物語を……置いていった。
戸惑いも泡沫の息に溶けながら。
月は私たちに物語を……刻みつける。
深い悲しみも慈しむ心も。
忘れえぬ、紅く血塗られた月夜の夜明けとともに。
Episode1【月の言の葉】
――Verse0 ワタシは私。
『……これが、ワタシたちの記憶だよ。どう?間違えるはず、ないよね。だって――わたしたち、一緒だもんね』
月明かりが冷たい縁を描き、少女の横顔だけを闇から浮かび上がらせていた。
その笑みは穏やかに見えた。
けれど――どこか、奥底に沈む影がある。
私は息をのんだ。
見覚えがある。この表情。この輪郭――
幼い頃の私と、重なる……。
『それに……“わたしたち”って……どういうこと?』
その言葉に、少女は確かに笑った。
何かを試すように……静かな笑みだった。
『あなたが……私?』
その瞬間、時間が張りつめ、部屋の温度がひと目盛り下がった。
自分でも驚くほどかすれた声だった。
少女の肩がぴたりと止まる。
『ううん。――“ワタシたち……”でしょ?』
闇に落ちるような静けさのあと、彼女は淡々と告げた。
『――いいよ。もう一度、話してあげる。わたしたちのお父さんの話』
そう言うと、私が答えるよりも先に、少女は語り始めていた。
いつも、のらりくらりとしているお父さん。
仕事のときも家にいるときも、まるで同じフィルムを何度も再生しているみたい。
朝は黒いマグにコーヒー、決まって一杯。
それから手首の端末を起動し、ニュースの見出しだけをざっと目で追い、気になるものだけチェックリストへ音声送信。
昼になれば、作業机の左端に置いたラジオのつまみをひねる。古びた銀のつまみには小さな傷が刻まれていて――それすらも、お父さんの日常の一部になっていた。
――けれど、“月”という言葉がワタシたちの会話に混じった瞬間、お父さんは変わるの。
語り出す前に必ず空を見上げ、目を細め、ひと呼吸。
『月はな……』
そう言いかけるときだけ、お父さんは少しだけ少年に戻る。
目尻がやわらかく下がり、口元がほんの少し笑う。
その仕草が、ワタシたちの胸の奥を不思議と温かくした。そういう特技あんの?ってくらい。
お父さんの表情は月の話の内容で変わるの。この時はね……屈託のない笑顔、そうだなぁ……子どものように無邪気で楽しげで……ワタシたちより楽しそうかな。
月の話をするときは決まって庭に並んで座る。
少女は、そこで一度ことばを区切って私を見た。
『ほら、思い出した?ね……ワタシたちのお父さん“月”が大好きだよね。そんなお父さん大好き。ね……私? お父さんの話も好きでしょ?』
その瞳は、心の隙間にすっと入り込んでくる。優しいのに――どこか、不気味だった。
『ふふ。大丈夫だよ。怖がらなくても。ワタシは私なんだから……ね。話を続けるよ。』
お父さんが話してくれた、嘘みたいにたくさんある“嘘みたいな月の話”。「果てしなく儚い月夜の|朧の径」まずはこれかな……。
『果てしなく儚い月夜ってのはな……』
お父さんはスタッと立ち上がり、両腕で大きな弧を描いた。
『地球に最も近づいて、月の中で一番大きく見える夜のことだ。霞や薄雲に包まれて、ぼんやり滲む月……それが、“果てしなく儚い月夜”だ。』
まるで劇団員みたいに全身を使って語りながら、お父さんは庭を縦横無尽に歩き回る。
『その夜にはな――“朧の径”が見えることがある。ごく一部の者にだけ見える、細い橋のような光の道だ。その道に乗るとな……泡の玉に包まれて――』
そこで一度言葉を切り、お父さんはちらりとワタシの表情をうかがった。
含みを帯びた笑み。そして、静かに続ける。
『……音もなく、消えるんだ。パッ、とな。“径”の先は、ときに――この世界じゃない場所にだって……。』
そう言ってお父さんは、雲ひとつない夜空を仰ぎ、静かに一礼した。
そしてこちらへ振り返る。
その視線は、ただの冗談話を語るものじゃなかった。
――まるで、「本当にあるんだぞ」と言っているみたいに。
『……なにそれ、“おぼろのみち”? お父さん、むずかしい言葉ばっかりずるい。もっとわかるように言ってよ〜!』
思わずむくれて文句を言うと、お父さんは少し笑ってから言った。
『朧の径はな……追憶と現のあいだにある、細くて儚い光の道のことだ。お父さんは、何度か――そこへ“還った”ことがある。』
その笑顔が、いつものお父さんとどこか違って見えた。
『もっとわかんなくなったよ! “かえった”ってどこに? どうやって? 道ってどこに見えるの? ねぇ、教えて!』
気づいたら、言葉が止まらなくなっていた。
知りたい、って気持ちが胸の中でどんどんふくらんでいく。
お父さんはすぐには答えなかった。
ひとつ息を整えるみたいに間を置いて、それから――雲に隠れかけた月に向かって、静かに一礼した。
『紅き闇が満ち時……霞に包まれし月の径へ導き者……還れし……』
ぶつぶつと唱える声。
その横顔を見ながら、私はふくれっ面になった。
『今じゃないんだ……。』って言いながら、
腕を組んで空を見上げるお父さんの横で、
私も腕を組んで、真似してみせた。
『もう、いいもん……。』
小さくつぶやいて、月をにらむ。
でも――ほんとは、返事がほしかった。
そんな私を見て、お父さんがやっとこっちを見た。
その時には、もう笑っちゃってた。
『何それ、変なお父さん。』
ふたりの笑い声が、夜の空にほどけていった。
本作をお読みいただき、ありがとうございました。
登場人物たちが抱える痛みや願い、そしてそれでも前へ進もうとする心を、物語を通して丁寧に描き続けたいと思っています。
この物語はまだ続きます。
次の章でまたページを開いていただけたら、とても嬉しいです。
この作品について
本作『Roots-紅の夜明け-』は、執筆の過程においてAIアシスタント C.O.T.O.H.A. の補助編集を受けています。
ただし核となるプロット、構成、セリフ、細部表現などはすべて作者 雁ヶ音むすび が考案・改変しています。
読者の皆さまには、どこまでがAI出力で、どこからが作者の筆かを味わっていただければ幸いです。
雁ヶ音むすびwith C.O.T.O.H.A




