表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7話 騎士の横顔、揺れる心

 秋の終わりを告げる風が強まり、街路樹の葉が舞い落ちる季節となった。公爵家の屋敷は収穫祭の準備に追われ、メイドたちは慌ただしく働き回っている。マリアも例外ではなく、各部署の取りまとめに奔走していた。


「マリア様、祭りの装飾品が届きました!」


 若い使用人の声に振り返ると、荷馬車の横で騎士たちが荷を降ろしている。その中に、見慣れた金髪が陽光を反射して輝いていた。


「……カスパル殿」


 マリアが小さく呟いた瞬間、彼もこちらに気づき、すぐさま真っ直ぐな足取りで歩み寄ってくる。


「マリア様。先日は突然の訪問、失礼いたしました。本日は領都より収穫祭の警護任務を仰せつかり、公爵家へ参上しました」


 鎧に包まれた逞しい体躯、陽光を受けてきらめく金の髪、透き通るような碧眼。その姿はやはり、どこにいても人々の視線を惹きつける。すると、そばで荷を受け取っていた下働きの少女が、ぽつりと漏らした。


「……すごい。あの方、まるで絵の中から抜け出した騎士様みたい……。あんなに綺麗な髪と目の色、初めて見ました」


 マリアはわずかに苦笑した。称賛は彼の外見に向けられたものだったが、彼の真の価値はそこにあるのではない、と知っているからだ。


---


 収穫祭当日、広場は多くの露店と人々で賑わった。焼き栗の香りが漂い、パン生地を練る音、楽師たちの奏でる笛と太鼓の音色。子供たちは綿菓子を握りしめ、若者は踊りに加わり、老人たちは長椅子に腰掛けて楽しげに語らう。公爵家からも多くの使用人たちが訪れ、マリアは裏方として動きながらも、その熱気を肌で感じ取っていた。


「マリア様、こちらの席はどうしましょう?」

「お客様を優先に。わたくしたちは立っていただいて構いません」


 きびきびと指示を飛ばすマリアの姿を、離れた場所からカスパルが静かに見つめていた。剣を帯び、群衆を警護しながらも、その眼差しは彼女の一挙手一投足を追っていた。


 彼が通り過ぎると、娘たちが頬を染める。青年たちでさえ、憧れの視線を送った。


「なんて立派な騎士様なの」

「背の高さも、髪の輝きも、まるで物語の王子のようだわ」


 そんな囁きがあちこちで聞こえ、カスパルはわずかに照れ笑いを浮かべながらも、騎士らしく堂々と群衆を見渡していた。


---


 昼下がり、広場の中央で模擬戦の催しが始まった。若い兵士たちが剣を交える姿に、観客が喝采を送る。だが、一人の兵士が足を滑らせ、剣を落として尻もちをついた。会場に笑い声が広がる中、真っ先に歩み出たのはカスパルだった。


「恥じることはない。誰だって転ぶ。大事なのは、次に立ち上がる勇気だ」


 差し伸べられた手に、兵士は目を潤ませて応じた。その光景に観客は一斉に拍手を送る。マリアは思わず胸に手を当てた。彼が剣を振るうだけの人間ではなく、人を支え、人を育てる存在であることを、改めて目の当たりにしたからだ。


---


 夕刻。公爵家の庭園では収穫を祝う宴が始まっていた。灯された篝火が揺れ、客人たちの笑い声が夜気に溶けていく。マリアは使用人たちに的確に指示を出しつつ、時折視線を巡らせて客人たちの様子を見守っていた。


 その視界の端に、鎧を外したカスパルの姿が映る。濃紺の礼服に身を包み、背筋を伸ばして立つ姿は一幅の絵画のようだった。彼が通り過ぎるたびに、貴婦人たちがさざめき、紳士たちでさえ賞賛を惜しまなかった。


「ラインハルト卿、その若さで副団長とは恐れ入りましたな」

「いや、私はまだまだ未熟です。守るべきものがある限り、学び続ける所存です」


 謙虚な言葉に、相手はさらに感嘆の声を上げた。マリアはその様子を遠くから眺め、心の奥で温かな誇らしさを覚えていた。


---


 宴が佳境を迎える頃、エカテリーナが舞踏の誘いを受け、楽しげに広間を回っていた。だが、ふと視線を泳がせると、彼女はマリアとカスパルが談笑する姿を見つけ、にやりと笑った。


「ふふ、メイド長と騎士団副団長……なんだかお似合いじゃなくて?」


 その囁きを側仕えの少女が耳にし、頬を赤らめる。小さな噂があっという間に広がり、宴の片隅に甘やかな空気を生み出していた。


---


 夜も更け、月明かりが庭園を照らす頃。マリアは噴水のそばで一息ついていた。背後から足音が近づき、振り返れば外套姿のカスパルが立っていた。


「今日はお疲れでしょう。ですが、貴女のおかげでこの宴も無事に進みました」


「いいえ。むしろ、カスパル殿が人々を守ってくださったからこそです」


 短い言葉を交わす中、夜風に金髪が揺れ、碧眼が月光を映す。その横顔は、ただ美しいだけではなく、誠実さと強さを湛えていた。


「私は、剣を振るうことだけが騎士の務めだと思っていました。ですが今日、人々の笑顔を守るために必要なのは、それだけではないと学びました」


 マリアは胸の奥にざわめきを覚えた。彼の言葉には虚飾がなく、ただ真っ直ぐであるがゆえに心を打つ。かつて戦場に立った自分が忘れかけていた大切なものを、彼は体現しているのだ。


「……カスパル殿」


 名を呼ぶと、彼は驚いたように振り返り、やがて柔らかな笑みを浮かべた。


「マリア様。いつか必ず、胸を張って剣を振るう理由を語れる日が来るよう、努力し続けます。そのとき、どうか貴女に聞いていただければ」


 その真摯な言葉に、マリアは静かに微笑むしかなかった。彼の想いを受け止めきれるかはまだわからない。だが、その誠実さに心が揺さぶられるのを止められなかった。


 庭園を渡る夜風が、二人の間を柔らかく撫でていく。満ち欠け途中の月が浮かぶ空の下で、マリアとカスパルの心にもまた、淡い光が揺れ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ