第6話 再びの邂逅――騎士の誓い
秋風が吹き渡り、公爵家の庭園に黄金色の落ち葉が舞い散っていた。朝露に濡れた石畳を踏みしめながら、メイド長マリアは一日の始まりに深く息を吸い込む。冷たい空気は心地よく、眠りの残滓を吹き飛ばしてくれる。
「今日は……少し騒がしくなりそうですね」
彼女の予感は的中した。屋敷の正門から馬蹄の音が響き、やがて一行の騎士が到着する。その先頭に立っていたのは、見覚えのある青年だった。
「辺境領騎士団副団長、カスパル・ラインハルト。本日、公爵家への伝令をお預かりして参りました」
鍛え上げられた体躯、陽光を受けて輝く金髪、真っ直ぐに人を射抜く碧眼。マリアの脳裏に、初めて出会った日の印象が鮮明によみがえる。
(……また、お会いしましたね)
マリアは表情を崩さずに一歩進み出た。
「ようこそお越しくださいました。お疲れでしょう、応接室にてお待ちくださいませ」
彼女の落ち着いた声に、カスパルは目を細めた。あの日と変わらぬ品位、そしてどこか人の心を安らがせる響き。胸の奥が熱くなるのを彼自身も抑えきれない。
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伝令の用件は、辺境での魔獣被害に関する報告だった。領主宛ての書簡を執務室へ届け終えると、カスパルは一息ついた。緊張を解いた彼に、マリアが茶を差し出す。
「長旅でお疲れでしょう。粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます。……やはり、貴女は人の心を和ませる不思議な力をお持ちだ」
ふと漏れた本音に、マリアは軽く首を振った。
「私はただ、当たり前の務めを果たしているだけです」
「当たり前、ですか……。辺境の地では、当たり前を守ることがどれほど困難か、私は嫌というほど知っています。だからこそ、貴女の言葉に重みを感じるのです」
碧眼に宿る真剣な輝きに、マリアは一瞬だけ言葉を失った。けれどもすぐに、穏やかな笑みでその場を包み込む。
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昼下がり、エカテリーナの思いつきで庭園にて小さな茶会が催された。マリアはその準備に追われていたが、重い花鉢を運ぶ途中で足を滑らせる。
「危ない!」
次の瞬間、力強い腕が彼女を支えていた。振り返れば、息を切らしたカスパルがすぐ傍に立っている。
「怪我は……ありませんか?」
「ええ、大丈夫です。助けてくださり、ありがとうございます」
間近で見上げた彼の表情は、真剣さと安堵が入り混じっていた。あの日の初対面と同じ、いや、それ以上の熱を帯びている。
カスパルは花鉢をひょいと持ち上げ、軽々と所定の位置へ運んだ。その仕草は騎士らしい逞しさに満ち、同時に彼の人柄を映し出していた。
「こうしたお仕事も、貴女は日々こなしておられるのですか?」
「ええ。メイド長ですから。貴族令嬢のお傍に仕えるためには、体を動かすことも惜しみません」
「……だから、尊敬するのです」
その声音は低く、しかし揺るぎない。マリアは言葉に詰まり、目を伏せた。
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茶会の席。エカテリーナは菓子に夢中で、二人のやり取りにはまるで気付かない。柔らかな午後の陽射しの中、マリアは静かに紅茶を注ぎ、カスパルはその仕草を目に焼き付けるように見つめていた。
その瞳にあるのは憧れだけではない。彼は気づいていた――彼女が誰よりも気配りを怠らず、誰よりも人を思いやる心を持つことに。
(……戦場で剣を振るう勇敢さよりも、ずっと尊い強さがここにある)
胸に去来する感情は、もはや単なる敬慕ではなかった。尊敬の奥に、深く静かな恋情が芽吹いている。
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日も傾き、カスパルの帰還の時が迫る。馬に跨る直前、彼は意を決したようにマリアへ向き直った。
「メイド長殿……いいえ、マリア様。今日、改めて気づかされました。貴女の強さは剣でも魔法でもなく、人の心に寄り添う優しさにあると」
「……カスパル殿」
「私は騎士として、この国と人々を守り抜くことを誓っています。しかし……心のどこかでは、いつも貴女の姿を追ってしまう。次に再び会う時まで、その思いを胸に戦場へ戻ります」
言葉は熱を帯びながらも、決して無礼に踏み込むものではなかった。彼なりの誠実さがそこにある。マリアは少しの沈黙ののち、柔らかく微笑んだ。
「……どうかご武運を。貴方の誠実さこそが、人々を支える力となるでしょう」
カスパルは深く一礼し、馬を走らせていった。その背中を見送りながら、マリアは小さくため息をつく。
(また、誰かの心を乱してしまった……)
けれど、その胸の奥でわずかに温かな鼓動を覚えているのを、彼女自身も否定できなかった。




