第5話 厨房と料理人と秘密の味
本日三度目の投稿になります。続けて読んでくださる方、本当にありがとうございます。少し賑やかで温かな場面をお届けします。ゆるやかに楽しんでいただければ幸いです。
夕暮れの厨房は、香ばしい匂いに包まれていた。
パンの焼ける音、鍋の煮立つ音、香辛料の刺激的な香り。普段は料理人たちで慌ただしい場所だが、この日は一人の青年が主役となっていた。
「新しく雇われた料理長だそうです」
使用人の一人が囁く。
彼の名はセドリック。三十歳ほど、陽に焼けた小麦色の肌に、長めの黒髪を後ろで束ねている。彫りの深い顔立ちだが、口元にはいつも柔らかな笑みを浮かべていた。
大鍋を片手で扱い、手際よく香草を散らす姿は、戦場の将軍のように堂々としている。
「まあ、美味しそうな匂い!」
エカテリーナが目を輝かせて厨房に駆け込む。
「私にも味見させてちょうだい!」
「お嬢様、まだ調理中です。火傷をしては大変ですから」
マリアは慌てて制するが、セドリックはにこりと笑って匙を差し出した。
「どうぞ。舌を火傷しないように、少し冷ましてから」
その声は低く穏やかで、厨房中の空気を和らげた。
エカテリーナは夢中でスープを味わい、「おいしい!」と叫ぶ。
だが、セドリックの視線が長くとどまったのは――マリアだった。
「メイド長殿。もしよろしければ、あなたの舌でも確かめていただけませんか」
「……私ですか?」
マリアは目を瞬いた。
「料理の善し悪しは、毎日お嬢様と皆様が判断しているはずですが」
「もちろんですが……なぜか、あなたにこそ評価してほしいと思ってしまうのです」
差し出された木の匙。
マリアは一瞬ためらったが、厨房中の視線が集まる中、少しだけスープを口にした。
「……確かに、見事なお味です。香草の香りが深く、塩加減も申し分ありません」
そう答えると、セドリックは安堵したように微笑んだ。
「よかった。あなたにそう言っていただけるなら、自信を持てます」
エカテリーナは両手を腰に当てて叫ぶ。
「ちょっと! なんでマリアばっかり! 私の感想だって最高だって言ったのに!」
マリアは困ったように苦笑するしかなかった。
またしても、厨房に新しい火種が生まれたことを悟りながら。
本日三度の更新にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。慌ただしいですが、少しでも笑顔になっていただければ幸いです。次回からもどうぞよろしくお願いいたします。




