第1話
## 第1話 わがまま令嬢とメイド長
陽光が差し込む大窓の前で、令嬢エカテリーナは大きな欠伸をした。栗色の髪を結い上げ、豪奢なドレスをまとったその姿は絵画のように美しい。だが、口から飛び出した言葉は優雅さとは程遠い。
「ねえマリア、今日の授業はつまらないから休むわ。どうせ私がいなくても先生はしゃべるだけでしょう?」
「お嬢様……」
傍らで控えていたメイド長マリアは、深いため息をついた。四十代前半、落ち着いた黒髪に穏やかな笑みを浮かべる彼女は、使用人であると同時に、かつて王国を救った伝説の魔法戦士でもあった。ただし、その事実を知る者はほとんどいない。
「学ぶことは大切です。いずれお嬢様が社交界に立たれるとき、知識が支えとなりますよ」
「わかってるけど、退屈なものは退屈なの!」
ぷいと顔を背けるエカテリーナ。マリアは苦笑しながらも、その頑なな態度の奥に、母を早くに亡くした少女の寂しさを感じ取っていた。
そのとき、玄関ホールから来客を告げる声が響いた。
「辺境領より、騎士団副団長カスパル殿がお見えです!」
マリアの眉がわずかに動く。エカテリーナが不思議そうに首をかしげた。
「カスパル? 聞いたことない名前ね。若いのかしら?」
案内されて現れたのは、鍛えられた体躯に短く刈った金髪、澄んだ青い瞳を持つ青年だった。二十代半ば、鎧姿ながら礼儀正しい立ち居振る舞いを見せる。
「公爵家のご令嬢、エカテリーナ様にご挨拶を。私は辺境領騎士団副団長、カスパル・ラインハルトと申します」
「まあ、立派そうね!」
エカテリーナが目を輝かせる一方で、カスパルの視線は――なぜかマリアに向けられていた。彼の瞳が一瞬、尊敬と憧れを宿すのをマリアは見逃さなかった。
「……失礼ですが、貴女は――」
カスパルが口を開く。マリアはにこやかに首を振った。
「ただのメイド長ですわ」
彼女の返答に、カスパルはしばし黙し、それから柔らかな笑みを浮かべた。まるで旧知の英雄を見つけたかのような眼差しで。
エカテリーナは気づかない。だがマリアは直感していた。――まただ、と。
(どうして、こうも若い殿方は……エカテリーナ様ではなく、この私を見るのでしょうね)
マリアは頭を抱えたい衝動を胸に収め、にっこりと笑って客人を迎え入れるのだった。




