第5話 「ライバルとの真剣勝負――初の公式大会」
朝の光が街を照らす。葵は小屋で最後の準備を進めていた。手元には、昨日の失敗を踏まえた改良生地、そして秘密のスパイス。手の甲に浮かぶ数字は、確実に昨日よりも上昇している。
[フレーバー熟練 +2/材料効率 +1/応用力 +1]
「今日こそ……マイ=フェルに負けない」
広場には、街の人々だけでなく、周辺の村からも観客が集まっていた。石畳に特設されたステージ、審査員席、そして中央には審判用のオーブン。街初の公式大会が、いま始まろうとしている。
マイ=フェルも荷車を押して現れた。華やかな衣装、整った道具、そして鋭い目。視線が葵に刺さる。
「……準備はできているようね。私も全力を出すわ」
葵は小さくうなずき、鉄板を握る。スキルが、心の奥の緊張をほどよく和らげる。焦りではなく、集中と創意が全身を巡る。
大会が始まると、二人は同時に生地をこね、オーブンに入れる。葵はスキルの数字を意識しつつ、昨日までの経験を最大限に活かす。
[フレーバー熟練 +3/効果範囲 +2/応用力 +2]
観客の視線が集中し、広場の空気が張り詰める。葵は材料を慎重に配置し、焼き上がりの時間を計算する。手の甲の数字が光るたび、温かい香りが広がり、観客の口元に自然と笑顔が生まれる。
マイ=フェルも負けじと特殊な香辛料とチョコレートを駆使し、見た目も華麗な菓子を完成させる。互いのスキルと創意が、まるで競演するかのようだ。
「……これが、私の全力」
葵は一呼吸おき、仕上げのトッピングを加える。砂糖の結晶、少量の果汁、そして秘蔵のハーブ。わずかな差が、味と香りに大きな影響を与える。
ベルが鳴り、審査員が試食を始める。観客の息が止まる。葵の胸も高鳴る。数字は最終的に、昨日よりも大きく光り、手の甲から温かい感覚が全身に広がる。
[フレーバー熟練 +5/街の評判 +3/喜び +3/応用力 +3]
結果発表。審査員が微笑みながら順位を告げる。
「今回の勝者は……葵、お菓子師! 見事な創意と味の調和が評価されました!」
広場は歓声に包まれた。葵は驚きと喜びで息が止まりそうになる。マイ=フェルもわずかに笑みを浮かべ、頷く。
「……やるじゃない。これからも楽しみにしているわ」
葵は微笑み返す。ライバルとして、共に切磋琢磨する存在がいること――それが、自分をさらに成長させる力になることを知った。
「小さな街でも、こんなに大きな奇跡を起こせるんだ」
葵は広場の子どもたち、商人、観客たちの笑顔を見渡す。手の甲の数字は、最後に大きく光り、消える。その光は、街全体に甘く温かい奇跡を焼き付けた。
夜、鉄板を片付けながら葵はつぶやく。
「これからも……もっとたくさんの笑顔を作る。街を焼き上げるくらいの、甘い奇跡を――」
手の甲には、新たなスキルの兆しが光る。転生お菓子師としての冒険は、まだ始まったばかり。街の未来は、葵の手でこれからも甘く彩られていく。
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