第4話 「最初の試練――材料争奪戦と初めての失敗」
朝の街は、昨日の成功でざわついていた。子どもたちの笑顔が口コミとなり、商人や住民の間で「葵のお菓子屋」の噂が広がる。だが、街の評判が上がるほど、葵には新たな試練が訪れていた。
「……今日は材料を確保しないと」
鉄板を手に、葵は小屋の奥で生地を練る。スキルの数字は昨日よりもわずかに上がったが、必要な材料は有限だ。小麦粉、バター、砂糖、そして珍しいスパイスやナッツ類。特に都会から来たマイ=フェルの存在は、街の材料調達に影響を与えていた。
広場に出ると、すでに商人たちが荷車に材料を積み、競争心むき出しで値段を吊り上げていた。マイ=フェルもまた、都会風の厳しい表情で大量の材料を確保している。
「……これは、計算以上に大変かも」
葵は深呼吸し、ライルに声をかけた。
「ライルさん、どうすれば……?」
「落ち着け。まずは必要な材料を優先順位で整理しよう。少量で最大の効果を出すのが鍵だ」
ライルは地図に印をつけ、街の倉庫や商人のルートを示す。葵はうなずき、手の甲に浮かぶ数字を確認しながら、最適な配分を考える。
[フレーバー熟練 +1/材料効率 +1]
午前中の配達と買い出しを終え、いよいよ小屋で大量の生地をこねる葵。だが、初めての大量生産には予想外の問題が待っていた。
「……オーブンの温度が、いつもより均一に保てない……」
昨日までの小規模焼きでは感じなかった微妙な焼きムラが、大量の生地では顕著になった。焦げた匂いが漂い、葵の胸がざわつく。
「だ、大丈夫、まだ……間に合う……」
必死に調整するが、手が震え、鉄板の上で生地が均一に広がらない。ついに、焼き上がったクッキーの一部が焦げ、香りもいつもより強くなってしまった。
「うっ……ごめんなさい……」
子どもたちや商人に渡す前に、焦げたクッキーを見て葵は目を伏せる。初めての失敗――それは甘く、温かい奇跡の代償でもあった。
しかし、そこへライルが現れた。手に温かい飲み物を持ち、優しい微笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。失敗は成長の証だ。数字も見てごらん」
手の甲の数字には、焦げた部分にもかかわらず微かな成長が記録されている。[フレーバー熟練 +1/失敗から学び +1]
「……失敗も、力になるのね」
葵は息を整え、再び生地に向き合う。小さな手の動き一つ一つに、昨日までの経験が活かされていた。
午後、街の広場で再挑戦。葵は改良した生地を焼き上げ、子どもたちに手渡す。焦げた部分は取り除き、焼きムラを補正したため、昨日以上に甘く香ばしい。
子どもたちは目を輝かせ、「お姉さん、今日も美味しい!」と笑顔を見せる。その瞬間、葵の胸に温かい光が広がった。初めての失敗も、街の人々の笑顔で報われる。
だが、マイ=フェルはすぐに現れ、挑戦的な視線を投げかける。
「……貴女、焦げたって言ってたけど、どうやら修正はできたようね。なかなかやるじゃない」
葵は小さくうなずく。競争は続く。だが、失敗を恐れず、工夫する力――それこそが、自分の武器なのだと実感する。
夕方、広場は再び笑顔で溢れた。葵のスキルは数字以上の価値を持ち、人々の心を温め続ける。初めての大失敗と学び、それを乗り越えた達成感。小さな街に、甘く温かい奇跡が確かに広がっていった。
「次はもっと大きな挑戦を――」
葵は決意を新たに、鉄板を抱えて小屋へと戻る。失敗も、競争も、すべては成長のため。手の甲に浮かぶ数字は、光を帯びて小さな未来を照らしていた。