第3話 「街の試練――ライルと葵、共同作戦開始」
朝の光が石畳を照らす中、葵は小屋の奥で鉄板に向かっていた。昨日の挑戦で、スキルの成長を実感したものの、街の人々を本格的に助けるには、まだまだ力不足だと痛感していた。
「よし、今日は街全体を巻き込む作戦を考えよう」
手の甲に点滅する数字を確認する。[フレーバー熟練 +1/効果範囲 +1]
数字は成長していたが、それ以上に大切なのは、スキルをどう使うかだ。葵はメモ帳を広げ、頭の中で工程を整理する。
「ライルさん、今日の作戦は……」
小屋の扉が開き、ライル・ベレスフォードが入ってきた。手には街の地図が広げられている。
「まずはこの広場だ。ここを中心にして、子どもたちや商人たちに試作品を配ってもらう。評判が広がれば、自然に街全体が活性化する」
葵は頷く。昨日見た女の子たちの笑顔を思い出し、胸が熱くなる。小さな菓子でも、街の空気を変えられるかもしれない――その思いで、手早く準備を進める。
広場にはすでに子どもたちが集まっていた。昨日のクッキーで少しずつ信頼を得たため、葵の声が届く。
「皆さん、今日は新しい味のクッキーを作ったんです。食べてみてください!」
子どもたちが順番に手を伸ばす。葵は鉄板から一つずつクッキーを取り、手渡すたびに数字が光る。
[効果:鎮静(短) +2/体力回復(小) +1/喜び +1]
笑顔が広がる。葵は気づく——自分の作るお菓子が、単に“味”だけでなく、街の空気や人々の心に変化を起こしていると。
そこへ、昨日のマイ=フェルが荷車を押して現れた。彼女は鋭い目で子どもたちを見つめ、すぐにクッキーを手に取る。
「……ふむ。悪くはない。でも、私の作るお菓子には届かないわ」
マイの言葉に、子どもたちは少し戸惑う。しかし、葵は臆さず応じる。
「私もまだ駆け出しです。でも、皆さんのために、一生懸命作ります!」
その瞬間、広場の隅に立つライルが声をかける。
「葵、スキルを最大限に活かすんだ。材料の配置や焼き時間、風味のバランスも数値で確認できるはずだ」
葵は頷き、手元の鉄板を調整する。フレーバーアルケミーの数字を意識しながら、素材を最適な順番で混ぜる。オーブンに入れると、黄金色の香りが広場に漂い、人々の足が自然と止まる。
「わぁ、いい匂い!」
「これ、食べたい!」
次々に手渡されるクッキー。子どもたちは口に入れ、驚きの声を上げる。表情がぱっと明るくなる。
[効果:鎮静(中) +3/体力回復(中) +2/喜び +2/フレーバー熟練 +2]
数字が手の甲に浮かぶたび、葵の胸も躍る。街の人々の心が確かに動いたことを、数字が証明していた。
しかし、マイ=フェルも黙ってはいない。彼女は荷車から特殊なオーブンを取り出し、香辛料や異国のチョコレートを使った華麗な菓子を作り始める。手際は鮮やかで、見ているだけでも技術の高さがわかる。
「……これは、かなり強敵だ」
葵は心の中でつぶやく。しかし、ライルの視線が背中を押す。
「怖がるな。大切なのは、誰かのために作る気持ちだ。技術は後からついてくる」
その言葉に、葵はもう一度息を吸い込む。勝つとか負けるとかではなく、まずは自分のスキルで街の人を幸せにする――それが、彼女の目標だ。
オーブンのベルが鳴り、広場にはさらに甘い香りが広がる。子どもたちだけでなく、商人や大人たちも集まってきた。クッキーを食べた人々の笑顔が、街全体を明るく染める。
「小さな街でも、変えられる――!」
葵の声が広場に響いた。手の甲に浮かぶ数字は、まるで拍手のように光っている。フレーバーアルケミーが、街の空気を、そして人々の心を確実に動かしている。
その日の夕方、広場は賑やかな笑い声で満たされていた。マイ=フェルも、わずかに表情を緩める。
「……ふん、面白い。貴女の作る菓子、まだまだ可能性があるわね」
葵は微笑む。初めての大規模挑戦は成功した――まだ小さな一歩だが、街の人々の心に確かに届いたのだ。
夜、鉄板を片付けながら葵はつぶやく。
「これから、もっとたくさんの笑顔を作る。街を焼き上げるくらいの、甘い奇跡を――」
手の甲の数字が最後に光り、ふわりと消えた。その光の先に、街の未来が少しだけ見えたような気がした。