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第2話 「初めての試練――街の評判とライバルの出現」

朝日が差し込む街角で、葵は小さな菓子屋の看板を掲げた。木の板に手書きで「葵のお菓子屋」と書いた簡単なものだが、街の人々の視線を引くには十分だった。


「今日も……頑張ろう」


小屋の中には、昨日焼いたクッキーと鉄板が整然と並ぶ。手早く生地をこね、オーブンに入れる。手の甲の数字がふわりと点滅する。


[フレーバー熟練 +1/効果範囲 +1]


スキルは成長していた。昨日の試し焼きだけで、少し効率が上がったのだ。


扉を開けると、昨日の女の子が走ってやってきた。まだ幼い顔に不安が残るが、笑顔を浮かべている。


「お姉さん、またクッキーを作ってくれるんですか?」

「もちろん。今日は少し新しい味にも挑戦するわ」


女の子が店に入ると、他の子どもたちも興味津々で集まってきた。葵は一つずつ丁寧にクッキーを手渡す。食べた子どもたちの顔に、少しずつ笑顔が戻る。温かさが、手の中でじんわりと伝わる。


「……これは、すごい」


背後から低い声がした。振り返ると、若い男性が立っていた。精緻な衣装をまとい、街の貴族らしい佇まい。年の頃は葵と同じくらいだが、どこか落ち着いた雰囲気を醸している。


「私はライル・ベレスフォード。この街の行政官だ。君の作るお菓子、街の人々の心を温めているな」

「え……? あ、ありがとうございます」

「ふむ、これは町の評判を上げる仕事になる。君、手先は器用なようだし、何より気持ちがこもっている」


葵は少し戸惑った。貴族や行政官に褒められることなど、生前の自分にはなかった。だが、彼の視線には、単なるお世辞ではない真剣さがあった。


「よろしければ、君の力を借りて街を少しずつ変えていきたい。……手を貸してくれるか?」


葵は心の中で一拍置き、うなずいた。――小さな街でも、確かに変えられる。そう感じたからだ。


しかし、穏やかな時間は長く続かなかった。昼過ぎ、街の広場に一台の荷車が停まる。華やかな服装に身を包んだ女性が、背筋を伸ばして降り立った。


「……あなたが、この街に新しい菓子師として来た子かしら?」


女性の名はマイ=フェル。都会からやってきた実力派菓子師だ。技術は確かで、どの地方でも評判を残しているという。目の奥にわずかな挑戦の光を宿し、葵をじっと見据える。


「はい、私……葵です」

「ふむ……町の人々の心を甘くするつもりかしら。でも、私の作る味には勝てないわよ」


マイの言葉は鋭く、まるで刃物のように響いた。葵は胸が高鳴るのを感じた。これが初めてのライバルとの出会いなのだ、と。


「勝つつもりは……まだ、ないです」葵は正直に答えた。

「……ふん、ならば見せてもらおう。どこまで甘い奇跡を紡げるのか、転生お菓子師よ」


マイは荷車から自慢の道具を取り出す。精緻なオーブン、香辛料の数々、そして異国風のチョコレートやナッツ類。街の人々の視線が一斉に集まる。子どもたちは目を輝かせ、葵の心臓も跳ねた。


「……これが、本当の挑戦なのね」


葵は小さく息を吸い、手にした鉄板を握る。昨日の小さな成功、手の甲に浮かぶ数字、そして街の人々の笑顔を思い出す。すべてを力に変え、彼女は決意した。


「……負けない。私も、みんなを幸せにするお菓子を作るんだから」


ライルは少し微笑んで、葵の肩に手を置いた。


「……頼もしいな。君なら、きっとできる」


その視線に、葵は自信を少しだけ取り戻す。小さな街での大きな挑戦、初めてのライバルとの対決。全ては、甘く苦い冒険の始まりだった。


そして、鉄板の上で新しい生地が踊る。風味は数字で可視化され、スキルは確実に育つ。誰も知らない街の物語が、少しずつ焼き上げられていく――。

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