第29章
ギベルネスたちは、終着点であるグレイストーン城砦で降ろしてもらうと、アントニオやグラシャーノと旅の祝福を言いあって別れることになった。終着点、などと言っても、イルムル川は引き続きさらに流れてゆき、いくつもの支流へ別れていくのであったが<東王朝>を目指すのであればそちらへ滞在してのち、十分な準備をして長旅に備えたほうが良い……とのことだったからである。
何分急なことでもあったから、ロットバルト伯爵直筆の親書をギベルネスが持っていたとはいえ、そのことがわかるまで彼ら三名の旅人は奇妙な珍客のように好奇の視線にさらされたものである。というのも、グレイストーン城砦は<東王朝>がバロン城砦へ攻め込んで来た際の、ロットバルト州にとっての重要な戦略拠点であり、常に厳戒態勢が敷かれているからであった。
コンクリートの製造技術というのは、<西王朝>でも<東王朝>でもともに、古くからある技術である。ただ、これはギベルネスの知らぬことではあったが、彼が自分の母星であるロッシーニで普段見かけるような鉄筋コンクリートの建物群というのは、当然コンクリートの他に補強材として鉄筋が使われているわけであるが、ここ惑星シェイクスピアにおいてはまだ鉄筋を組み合わせて使えるほど技術が発達していない。さらに、コンクリート自体の材質も悪く、噴火した火山の周辺から火山灰や石灰、砕石などを混ぜ合わせて作ったセメントを枠に入れ固めたものをコンクリート材としており、グレイストーン城砦はそのような灰色のコンクリートを積み上げ、その後切れ目が見えぬよう外からモルタルで固めた城なのだった。
とりあえず、見た目としてはギベルネスが自分の母星で見かけるようなコンクリートとなんら遜色ないように思えたことから、彼はその十メートル以上もあるのっぺりした城壁を、むしろ感嘆して見上げていたものである。城のほうは矢狭間と、敵兵の登攀を阻むためのマシクーリ、それにいくつもの監視塔から形作られていたが、イルムル川から引いた堀も幅広く、ギベルネスなどは(私が軍の将軍で、ここを攻めよと言われたら、見ただけで尻尾を巻いて逃げたくなるほどだな)と感じたほどである。だが、ロットバルト州の貴族たちにここ、グレイストーン城砦は実は非常に評判が悪かった。何故かというと、同じようにコンクリートによって造られた城砦や城は他にもあるが、大抵はその表面を煉瓦で飾るなどして趣向を凝らすのが普通である。ゆえに、このようにまったく飾り気がなく実務一辺倒の城砦というのは――その一番重要である戦争からの防備ということを思わせることから見ても、灰色の城壁は人々の感興を惹かぬばかりか、何やら雨もよいの空と同じく見る人を陰鬱な気分に陥れるものだった……というのがその理由だったようである。
とはいえ、現在このグレイストーン城砦の城主、ガウェイン・カログリナント将軍はそう思ってはおらず、城砦の改修費用といった点から見ても、自分はなんと実用的で素晴らしい城に住んでいるのだろう……彼は日々そう思いながら暮らしていたらしい。心頭滅却すれば火もまた涼し、という言葉があるが、カログリナント卿ほどこの言葉にぴったりくる人物もいなかったに違いない。彼は厳しい父親から剣術・槍術・弓術・馬術・体術と、騎士に必要な素養を骨の髄まで叩き込まれて育ち、御年五十七歳となる今日まで、己の心身の鍛錬を欠かしたことはないという男であった。
<東王朝>がバロン城砦前のナーヴィ・ムルンガ平原に陣営を築くたび、バリン州のボウルズ伯爵、それに彼自身の直接の主君であるロットバルト伯爵、メレアガンス州の聖ウルスラ騎士団を中心とする軍とともに協力し、将軍のひとりとして何度となく勇猛果敢に戦い、生き延びてきた猛者でもあった。カログリナントはディオルグが野太い声で、「頼もーうっ!!」と叫び、守備兵のひとりがロットバルト伯の封蝋による親書を携えて来ると、すぐにもギベルネスたち三名の旅人を快く城内へ通してくれたものである。
グレイストーン城砦は見た目と同じく、広い中庭の管理塔群においても、その他どこにおいても雑然としたようなところがまるでなく、極めて実務的であった。というのも、カログリナントはロットバルト騎士団の騎士団長ヴィヴィアン・ロイスの叔父であり、彼の使いの者がやって来て、「戦争が近いやも知れませぬ」と知らせを受けるなり――せっせと武器庫や備蓄庫を整理し始め、まず戦争になった場合の兵糧について手配し、武器の手入れについてもすでに開始していたからである。
ゆえに、ギベルネスたちが訪れた時も、軍の訓練場では槍や剣、それに弓術の厳しい鍛錬が行われているところだったのである。ロットバルト伯爵の手紙には、彼ら三名の客人を貴族と同じくして迎え、申し分なく世話してやって欲しい……ということの他に、すでに甥の騎士団長ヴィヴィアンより伝え聞いたことと同じことが書いてあったものである。すなわち、エリオディアス王の子息ハムレット王子が今も生きておられること、その血筋の確かさについてはローゼンクランツ公爵やギルデンスターン侯爵が保証しておられること、もし今叛旗を翻さねば、我がロットバルト州においては来年中には贅沢禁止令を発布せねばならぬほど、財政のほうが厳しいこと……また、将軍としての経験の豊かさから、いかに犠牲少なくしてバロン城砦を落とせるか、貴卿の知恵を是非とも貸していただきたい――とも手紙には記してあった。さらには末尾には「とはいえこのようなこと、おそらくすでに甥の騎士団長殿から聞き及んでいることとは思うが、こたびの戦争において、余はカログリナント卿、誰よりもそなたを頼りにしている」……とも書き記してあり、根っからの軍人であるガウェインは、この時点ですっかり感動し、胸を熱くしていたものである。
「やあやあ、これはどうもどうも!長旅ご苦労でござるな、みなさま方!!」
城の主館にある大広間にて、ガウェインはディオルグ、ギベルネス、キャシアスの順に、がっしりした握手とともに出迎えていた。この瞬間、ギベルネスなどは(おそらく、タイプA行動パターン的人物なのだろうな……)ということが、その力強い握手とともに直感的に感じられたものだった。
ちなみに、タイプA行動パターンというのは、『せっかち・怒りっぽい・競争心が強く積極的』な傾向を持つ人のことで、仕事においては有能で結果を出すタイプなのだが、その性格ゆえに将来的には虚血性心疾患などの心臓病にかかるリスクが高いと言われるタイプの人のことである。
果たして彼はこの時も、大広間の暖炉の前を何度も行ったり来たりしては、挨拶ののちはしきりとブツブツ独り言を呟いてばかりいたものである。
「いやはや、まったく大変なことになったものでござるな!!今までずっと血眼になって守り通してきたかのバロン城を、今度は我々のほうで攻め取らねばならぬとは!したがしたが、これもやむなきことというのはそれがしも理解出来る……が、しかーし、出来る限り犠牲少なく穏便に事を済ませるためには――うーむ、うーむ、ううむううっ!!それがしにもすぐには易々と良き戦略、奇計といったものは思い浮かばないでござるぞ!!」
「父上、事情のほうは先ほどお聞きましたが、今は客人方のおもてなしのほうが先でございましょう。逸るお気持ちはわかりますが、今はほんのいっとき、この先にあるであろう戦争のことはお忘れくださりませ」
父上、と呼んだということは、おそらくガウェイン・カログリナント卿の息子であったのだろう。だが、この親子はまるで似ていなかった。ガウェインはずんぐりした頑丈な体型で、どちらかと言えば横に幅があったが、息子のほうはすらりと背が高く、細面で凛々しい顔つきをしていたからである。いかにも軍人然とした、無骨な父親の顔と見比べてみるに、おそらく母親のほうに似たに違いない。
「何を言うか、ラトレル!!今や時は風雲急を告げておるのだぞ!おまえものほほんと優雅にフィドルなぞ奏でながら詩を吟じたりせず、竪琴を剣に、横笛を槍に持ちかえて戦えいっ!!良いか、先日も言って聞かせたが、あのバルサザールとかいう腑抜けの吟遊詩人のようになりたいなぞと、間抜けなことを言うておる暇があったら武芸にこそ磨きをかけるのじゃ。こたびの戦において戦功ありせば、次代の王宮においておまえも騎士として重用してもらえよう。ラトレルよ、おまえに足りなきは何よりも一番に野心じゃ!人に譲ってばかりでは、本当に欲しいものを肝心なところで逃すという人生で終わってしまうぞ!!」
父親にそう怒鳴られると、厚顔そうな父とは違って繊細な質なのだろうラトレルは、サッと頬を朱に染めていた。彼ら親子のこうしたやり取りなぞ普段から慣れっことばかり、大広間にいたカログリナント家に長く仕える家臣たちは――ガウェインに対しては「まあまあ」と落ち着かせる言葉を口にし、ラトレルに対しては「ささ、お坊ちゃまはお客人とこちらへ……」といった具合に、心得まして候とばかり、この父と息子を引き離しにかかったものである。
ギベルネスが直感的に感じたとおり、ガウェインは確かに短気な質であり、イライラしてくると自分の視界に入ってくるものの何がしかに八つ当たりするという困った性格をしているらしかった。この場合、自分の息子のラトレルが近くにいたことから不満を口にすることになったものの、この繊細で優しい性格の息子が視界から消えるやいなや――ガウェインが再び戦争のことにのみ注意を向け、ああでもないこうでもないと家臣のみに意見を求めはじめると、彼らにはよくわかっていたわけであった。
「父上は、ぼくのことが嫌いなんだ……ううっ」
ラトレルが女ように瞳に涙を浮かべているのを見ると、ギベルネスやディオルグだけでなく、彼と同じように繊細なところのあるキャシアスまでもが――何やら出会ったばかりのこの父子の関係のことが心配になって来たものだった。
「いえ、まさか決してそのような……」と言ったのはキャシアスである。「自分の子のことを愛さぬ父親などあるものでしょうか。僕は孤児で、母の顔も父の顔も知りません。ですが、むしろそれであればこそわかるのです……あなたのような立派な跡取り息子がいて、カログリナント卿はお幸せなはずですよ」
そこまで言ってから、キャシアスはハッとした。実際には彼が跡取り息子なのか、それとも上にもうひとりか二人でも兄がいるのかどうかすら、実際は知らなかったからである。
「跡取り息子……そうだね。ぼくはカログリナント家の息子として、頑張って父上のように立派な男にならなくちゃいけないんだ。竪琴を弾いて詩作に没頭するのも、騎士としてのたしなみとしてどうにか自分を誤魔化してきたけど、騎士としての本分はやっぱり剣や槍の技術を磨き、いかに馬上から敵を突き落とすかだものね……ああ、嫌だ、いやだ。また戦争だなんて……ブツブツブツ」
「お坊ちゃまのことは、あまり気にしないでくださりませ」
騎士ピネル、騎士エマン、騎士ガリンド、彼ら三人はカログリナント家に代々仕える騎士の家系の者たちであった。ガウェインには、死んだ先妻との間に息子がひとり、またその後再婚した妻との間に息子がいまひとりおり――これがラトレル・カログリナントであったが、ラトレルと八つばかりも年の差のある異母兄は、父親との口論が絶えず、ある時家からふっつり出ていって以降、今ではほとんど絶縁状態にあるのだった。
三騎士らの思うに、おそらく性格的なことで言えば、こちらのいなくなった息子のほうがカログリナント家を継ぐのに相応しかったに違いない。また、ラトレルのほうでもそのことではすっかり兄のことを頼りにしていたから、突然にして父から跡取りとしての期待と重圧が自分ひとりにかかるようになると……だんだん気鬱になっていったという。昔は「騎士としてのたしなみ」程度であった音楽と詩作への芸術的傾倒が、今ではほとんど現実逃避と同義の意味と重みを持つに至っていたようである。
ピネルとエマンとガリンドは、カログリナント家の兄弟ふたりを足して二で割れば、ちょうどガウェインの気に入りの息子になったのではないかと話すこともあるが、結局のところ気難し屋の主人のこと、それがどんなに立派な跡取り息子であろうと、それならそれで気に入らず、重箱の隅でもつつくように欠点を探しては――最終的に口角泡を飛ばす親子喧嘩となり、互いに殺意を燃やして馬上で槍を構える結果になったのではないかと、そんな気もするわけであった。
ここ、グレイストーン城塞とカログリナント家のことについては、のちに再び触れるとして、ギべルネスとディオルグとキャシアスに関して言えば……一晩宿泊してのち、翌日には出発するということになっていた。とはいえ、彼らはハムレット王子の使節としての務めを果たしていたとは言えたに違いない。彼らがヴィンゲン寺院を出て、どのような旅をしてロドリアーナへと至ったか、三人は適切な言葉でつぶさに語ることが出来たからである。
大広間であった豪勢な晩餐の席において、集まった騎士たちも城に仕えている者たちもみな、興味津々で彼ら三人の話に耳を傾けていたものである。どうやら城主であるガウェインを見習うかのように、信心深い者たちが多いらしく、ハムレット王子が王になるための資格があるかどうか、その資質を備えているかどうかより、星神・星母信仰の強い者たちにとっては彼が<神に選ばれた者>であることこそが、何より一番重要だったらしいのである(=そのような方であれば当然、エリオディアス王のご子息であるというのも本当に違いない、というわけだった)。
そのあたり、ディオルグとキャシアスがどう感じていたのかは、ギべルネスにもわからない。ただ、そうしたグレイストーン城の人々の姿を見ていて、彼としては次のように思うばかりだったのである。
(この惑星に住みついたと思しき精霊型人類が、集団で取り憑いたりなどして催眠状態に陥れずとも……この時代の人々の意識というのはこうしたものなのかもしれない。我々地球発祥型人類といったものが、自分の頭の想像力が造ったに過ぎない数え切れぬほど多くの神々の名に頼ったように……いや、実際のところ彼らの場合は、人間などより遥かに高い知性を備えているという意味でも、神と名乗るに相応しい資格を有していると言えるのだろうがな)
その後も、グレイストーン城を出立するまでの間、年齢のせいもあってか頑固で人の話を聞かないらしいガウェインの、おそらくは悪気はないのだろう人柄と、始終めそめそしてばかりいて、およそ騎士らしくなく、少々人をイライラさせるところのある息子との問題というのは――何度か目にすることになったが、ギべルネスらはそう深刻なものとしては受け止めず、翌朝には城のほうをあとにすることになっていたわけである。
三騎士のうちのひとり、ピネルと彼の直属の部下数名に送ってもらい、森の外れまでやって来ると、彼らが引いてくれたルパルカのほうへギべルネスたちは乗り換えることになっていた。森を抜ける間、擬音で表現するのは難しい愛らしい獣の声が時折聴こえ、「あれはなんですか?」と一度キャシアスが不思議そうに訊ねたことがある。すると、ピネルは森の大きな秘密でも囁こうとするかのように「ありゃ鳴きウサギの鳴き声でさ」と答えていたものである。キュウーンとも、キャウーンというのでもない、なんとも可愛らしい、切なげな鳴き声を聞いていると、ギべルネスにしても胸を締めつけられそうになったほどである。
「ロットバルト州に住むうさぎは、声をだして鳴くんですか?」と、キャシアスは驚いている様子だった。
「そうですね。もちろん、ここロットバルト州の地でも、大抵のうさぎはシチューやパイにするのに捕えられても、鳴き声ひとつ上げやしませんよ。ただ、ほんの一部のうさぎだけが、鳴きうさぎといってあんなふうななんとも言えない声で鳴くんです。大抵の狩人はあの珍しい鳴き声に免じてか、鳴きうさぎの巣を見つけてもあまり捕えようとはしませんね。まあ、不思議なもんですよ。鹿だって可愛い生き物には違いないが、鹿に対してはむしろ鳴き声を真似ておびきよせ、残酷にも殺してしまうわけですからね」
「森林監督官が監督の任を負っている森では、鹿を捕ったりすると縛り首というのは本当ですか?」
ガノン郡長官の土地にいる時に聞いた話を、ギべルネスはあらためてそう口にしていた。このあたりの森に関していえば、カログリナント家の所領ということだろう。あのガウェインは怒りに目が暗くなればどんな残酷な刑でも執行しそうでもあり、反対に、城の使用人たちに慕われているところから見れば、大物の鹿ではない、たとえば小動物や害獣であれば、寛容に見過ごしそうにも思えたからである。
「そうですなあ。まあ、去年このあたりのカログリナント家所領の森においては、三人ほど縛り首の刑が執行されておりますわな。とはいえ、奴らは特にやり口が悪質だったからなんですよ。他に、小作農らの土地を荒らしては金目のものを奪ったりもしていたので、情状酌量の余地なく見せしめに処刑され、暫くの間城外でさらし首にされておったものですわい」
(なるほど)とギべルネスは思った。税が重いがゆえに、生活が苦しくなり、窃盗まで行うようになった――という可能性もあるとはいえ、やはりそれを行ってしまえば罪となり処罰される……と理解した上で行っていたということであれば、縛り首でもやむを得なかったのかもしれない。
ギべルネスとディオルグとキャシアスの三人は、半日ほどの道のりを森の外れまで送ってもらい、護衛のピネルらに心からの感謝の言葉を述べた。三頭のルパルカには日持ちのする食料など、必要な品がたっぷり括り付けられていたし、何より不案内な森の道の途中で追いはぎの類に襲われた可能性というのもあったろう。「猛将ガウェインさまの名を恐れ、このあたりはさほどでもありませぬが、やはり他の森林地帯では盗賊や追いはぎの類というのは増加傾向にあるそうですからな」と、ピネルは溜息を着いて言っていたものである。「そういう奴らというのはいつの時代もいるものですが、例の王都からかかる重税問題ね……それが一向軽くなるどころか、横ばい状態で留まりもしないということになってから、どんどんそうした連中が増えてきたのですよ」と。
心からの感謝とともに、開けてきた道のあたりで別れると、ギべルネスはそこから暫くいったあたりで――彼の感覚では一時間もゆかぬうち――遠く、平原の向こうの荒れ地に、砂漠の蜃気楼か何かのように、城壁に囲まれた城の尖塔が見えてきた。
「もしかしてあれが……」
「もしかしなくてもそうだ」と、ディオルグが強く頷く。彼は初対面だというのに、あの気難しいガウェインと実に気が合い、酒宴の席では彼の隣に座っていたものである。とはいえ無論、その昔互いに敵同士として戦ったことがあるとガウェインが知ったとすれば、その好意的な態度も豹変することはまず間違いなかったが。「おそらく、グレイストーン城塞に一度兵を集結させ、そこから順次戦いへと赴くということになるのではあるまいか。ギベルネ先生、お主も見たであろう。兵士の訓練場における訓練、カタパルトやトレビュシェットといった兵器が並べられ、他にも攻城塔や破城槌、弩といったものも着々と準備がされているのを……」
ディオルグは元軍人であったため、一目見て灰色の城壁の内側に並ぶ、攻城のための兵器についてすぐ理解した。ギベルネスはそれらの兵器の正確な名称についてまではわからなかったが、それでも地球の歴史を、ローマ時代から第四次世界大戦に至るまで、人類の武器・兵器類がいかように変化していったかを学校の授業で教わって知っていたのである。その中でも彼自身、中世の武器・防具類に心惹かれるところがあったため、カタパルトやトレビュシェットについては見ただけでも、使用法については概ね理解できた。ベルフリーに至っては、灰色の城壁からさらに階層を重ねようとしていたところから見て――バロン城砦はグレイストーン城砦の城壁よりさらに高い位置にあるということなのだろう。
一方、戦争などという野蛮な光景を、ギベルネスとは違い映画ですら一度も見たことのないキャシアスは、さっぱりちんぷんかんぷんだったものである。
「ぼくには、ディオルグの言ってる言葉の意味がさっぱりわかりません。カタパルトというのがどうやら、ねじったバネの力を利用して石やら火壺やら、何かそうしたものを遠くへ飛ばすものらしい、ということくらいはわかりましたがね……」
「まあ、一般市民は一生知らないでいられたほうが、幸せなもんばっかりがあすこには並んでいたわな」と、ディオルグは笑って言った。「トレビュシェットってのは、カタパルトを超大型にしたような、言ってみれば発射体射撃兵器よな。最大射程は大体のところ三百メートルってとこか。そこから、竿の長さと錘の重量により違いはあるにせよ、四十キロから百三十キロ超のものまで城壁を破壊するのにそれこそ色んなものをぶん投げる。石球やら火壺、天然痘といった伝染病患者の衣類や、殺した籠城軍側の首って奴を何十体となく飛ばしたりするわけだ」
「そ、そんなものまで……」
優しく繊細な性格のキャシアスは、それだけでも大いに想像力が刺激されたのだろう。すっかり顔を青ざめさせていた。ディオルグにしても覚えがある。これから向かう国境の監視塔には、らい者の塔と呼ばれる場所があり、戦争になると彼らのうち何人もが首を斬られて殺される。言うまでもなく、トレビュシェットによって城壁の向こうへ投げ入れ、籠城軍を恐怖へ陥れるためであった。
「キャシアスよ、戦争になったとしたらおまえはハムレットやタイスのそばにいて、共に戦争の勝利を神に祈るといい。だから、わしが今言ったようなことはむしろ忘れたほうがよいぞ」
「いえ、そんなわけにはいきません。せいぜいのところをいって、弓兵として少しくらいは役立てるかどうかといったところでしょうが、それでも必要とあればぼくだって戦争へ出兵します」
(そんなことにならなきゃいいが……)といったように肩を竦めているディオルグの近くへルパルカを進めると、ギべルネスは真剣な面持ちでこう聞いた。
「元軍人のあなたの目から見て、この戦争はどのくらいの確率でバロン城塞を陥落させられそうですか?」
言ってしまってから、<神の人>である自分が聞くべきことでなかったかもしれない……とギべルネスは後悔したが、ディオルグはそこのところはあまり気にしなかったようである。
「さて、どうかな。<東王朝>の軍がはるばる砂漠を越えてバロン城塞と対峙するよりは――俺は勝てる確率が高いんじゃないかと思うがね。ただ、殺した籠城軍側の首をバッタかコオロギのちょん切った首を投げ入れるが如くトレビュシェットで飛ばすってことや、天然痘患者の衣類を投げ込んだりといった陰湿なことはしねえだろうな。何故といって彼らは一度降伏さえすれば、次の瞬間からはハムレット王にとっての大切な臣民ということになるわけだから。ギべルネ先生、今あんたが目で確認してるみたいに、ロットバルトの領地から内苑州は近い……この利点は大いに生かさねばならん」
(そうだ)と、この時ギべルネスは弾かれたようにあるひとつのことを思いだしていた。一度、タイスが『こんなことなら、先にロットバルト伯爵の同意を得てのち、メレアガンス伯爵を説得してもらえば一番良かったのではないですか』と、怒っているというのではなく、何気なく疑問を口にしたことがあったのだ。すると、カドールはこう答えていた。『いや、それだと具合が悪いと思ったのだ。何故といって、ロットバルト州のほうで一早く軍事訓練などはじめようものなら、こちらの作戦がメレアガンス伯の同盟を得る前に王都側へ洩れる可能性がある』と。
と、同時に(だが)とギべルネスは考える。(これも、ロッシーニにいた頃……暇な時に読んだ本で得た知識に過ぎないが、大砲といったものは、極初期の頃のものは音ばかりが大きく、城壁自体にはさほど大きなダメージを与えられなかったと聞く。むしろ、城の住民たちはその驚くばかりの大きな音に恐れをなし、時期尚早であるにも関わらず、降伏してしまったこともあったとか。つまり、あのような大型兵器を使用して、どのような重さの石球を投げ飛ばそうとも、重量や速度において大砲より威力が小さいだろうことを考えた場合……)
「ああ、そうだ」と、ディオルグがまるで、ギべルネスの心配を見越したようにこう口にする。「無論、バロン城塞側でも、ああしたカタパルトやトレビュシェットといった兵器が存在するからな。しかも、籠城軍側のほうがこうした戦争においては常に優位だ。こっから見ててもわかるだろうが、バロン城塞の城壁の前は見事なまでに何もない荒野だ。そして、こちらが石球なんかの届く最大三百メートル圏内に最低でも入る必要があるのに対して――向こうはなんの危険もなくやすやすと攻城軍側に雨あられと色々なものを投げ飛ばすことが出来るわけだ。攻城のためのベルフリーはこうして叩き壊され、破城槌を持って進撃しようとする部隊も同様だ。城壁を破壊するのに地下に坑道を掘るってのも有効なんだが、それはまず籠城軍側に姿を見られたらまず終わりだ。それにどんなに頑張ったって一日二日じゃ無理な作業だし、感づかれたが最後、向こうもこちらへ向けて対坑道を逆に掘り進めてくるからな。それ以前に近づけば、城壁の矢狭間から「これでもか」とばかり容赦なく弩の矢が次から次へと飛んでくるという寸法だ」
「どうすれば、勝てますか?」
そう聞いたのは、ギべルネスではなくキャシアスである。
「<東王朝>側から軍がやって来て攻めたのでは絶対無理だという、こちらの地の利をまずは最大限利用することだな。正面から事を構える前に、背後を取ることがこの場合一番肝心ではないかと俺は考えている。隣のクロリエンス州の領主は、クローディアス王からのよほどキツいお達しでもない限り、バロン城塞へはこれまでもなかなか援軍を送ろうとしなかったと聞く。簡単にいえば、実戦に乏しいわけよな。こちら側から攻め入って、内側から城壁を確保することさえ出来ればあるいは……」
「ですが、そちらはバロン城塞側でも城壁が薄く攻め込まれやすいとわかっているがゆえに、重点的に兵を配備するのでしょう?」
「いや、だから先に、バロン城へ密偵を使わせてだな……重税にうんざりしてるのは何も外苑州だけというわけじゃない。ここへ戦争という重い負担が城塞内の民に加わった場合――先王エリオディアスの息子であるハムレットの存在というのは、彼らにも大きいものがあるに違いない。現王のクローディアスが、兄のことを謀殺して王位を簒奪したということになれば猶更だ」
「ディオルグ」と、ギべルネスは若干呆れたような顔をして言った。「何故、軍事会議の時にそのことを話さなかったのですか?私同様、ただ黙りこくってばかりいないで……」
「いや、わし如きがその程度のことを口にせずとも、誰かがその程度のことを思いつかないのであれば、我が軍は終わりだと思ったものでな」と、ディオルグは首を振って言った。「もしわしたちが再びこちらの――キャシアス、おまえの故郷の土地を踏んだ時、ハムレットたちがもしただ正攻法的にバロン城塞を正面突破しようとしていたのであれば、おそらく我々は負ける。そんなやり方で勝利をもぎ取れたとすれば、<東王朝>側の軍にバロン城砦はとっくの昔に征服されていたことだろうよ」
「では、私たちはなるべく早くこちらへ帰って来なくてはなりませんね。ディオルグ、最低でもあなたのお眼鏡に敵うような戦略を立てていなかったとすれば、ハムレット王子は出陣すべきないと、私もそう思いますから……」
<神の人>として矛盾したことを口にしていると、ギべルネスにしてもわかっているつもりであった。それに、精霊型人類のこともある。彼らはこの件についてどう考えているのだろう?それでも、星神・星母神への信仰の力さえあれば勝てるとでも?
(ユベールが提案していた通り、トレビュシェットの攻撃に合わせてミサイルでもぶち込むか?だがやはりこの場合、死力を尽くしてようやく勝つ、バロン城塞を解放するというのでは駄目なのだ。出来れば、バロン城塞側の被害といったものも少なく済ませられることが何より肝心なのだからな……)
無論、ギべルネスは知らなかった。この先、彼らを待ち受けているものこそが、ハムレットたちを導いていると思しき精霊型人類にとって、最終的に<西王朝>・<東王朝>の双方に平和をもたらすため必要なパーツを埋める旅となることなどは――。
>>「惑星シェイクスピア」【第2部】了。【第3部】へと続く。




