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第三章 バミュール邸での密議 4-2



 喧嘩の末に人を三人も殺めてしまったこと、それを闇に葬り自分を匿ってくれた、先代クラークスの身内になり名前もクエンティと変え、実家とも縁を切って、いままでやくざとして生きて来たことなどを事細かに語った。


「これがすべてだ、わたしはほんのはずみだったが人の命を奪ってしまった。あの時には他の選択肢はなかった、二度と表の世界では生きて行けないと思ったんだ。ダイレナに対する想いは本気だった、わたしも心から彼女を愛していた。しかしこんな身でどうして彼女に逢えると言うんだ、一生涯彼女の目の届かない所で生きて行くしかないじゃないか。いまでも彼女に対する気持ちは変わっていない、一度も所帯を持ったこともなければ恋人をつくったこともない。わたしの心はいまでも彼女ただ一人のためにある。だがこれは恋だの愛だのをすでに超えている、ただの想いだ。噂で彼女がお前の所へ嫁いだと聞いた時は、本心からほっとした。お前以上の相手はいない、そう確信している。今日直接二人に会ってそれは間違いじゃなかったと思ったよ」


「そ、そんな──、なぜそんなことになった、お前ほどの寛容な人間が、なぜ喧嘩で人を殺めたりすることになったんだ。わたしが一緒に着いていればこんなことにはならなかった、もう目の前に学問院の卒業も迫っていた。そうすればお前はどこかの嫡子のない大貴族の養子となり、ダイレナと結婚して宮廷人か武人となって、サイレンのために働いていたはずだ」


 フェリップは友の話しを聞き、ほんのちょっとしたものの弾みが、人の一生をこうも変えてしまうものかと溜息を吐いた。


「俺が姿を消した前日のことを覚えているか、学問院の廊下でわたしは二つ齢下の生意気な男から訳もなく侮辱された」


「おおっ、思い出した、カーラム家のヒューガンだ。すれ違いざまにあいつはお前に〝この場に不似合いな商人の小倅が歩いている。これじゃ学門院の価値も場末の寺子屋と同じになってしまうな〟そういって仲間たちと嗤った」


「そうだ、だがそんなことはわたしは慣れっこで気にもしなかった。しかし一緒にいたお前が腹を立てた」


「ああ、わたしはヒューガンに詰め寄り、いまの発言を取り消して謝れといった。あいつは大公の息子であるのをいいことに、常日頃から取り巻きを引き連れ、勝手気ままに振舞っていた。その家柄もあって、同じ学問院の仲間も教授方の先生たちも見てみぬ振りだ。同じサイレン家のわたしだけが、あ奴に面と向かって対抗していた。あの時もそのまま小競り合いとなり、建物の裏手で殴り合いとなった、こちらはわたしとお前の二人、相手は七、八人はいたな。数で優位なヒューガンはまさか負けるとは思わずに仕掛けたのだろう。しかしわたしたちにあっさりと負けて、逆に顔に痣が出来るほどにわたしから殴られてしまった」


 昔を懐かしみながら、フェリップはその時のことを思い出していた。


「学問院の帰りにお前を含めて、わたしたちは四、五人連れだって街の居酒屋へ入った、いつもの店だったな。ひとしきり飲み食いしたあとに、みなそこでそれぞれ分かれた。その後に事件は起こった、わたしは家へは戻らずに商人街にある父親の店へ向かった。忙しくて滅多に家へ戻ってこない父に話しがあったんだ。それは学校を卒業した後の自分の身の振り方や、ダイレナとのことだった。そこへどこからかチンピラのような、質の悪いやつらが現れ強引に絡んで来た。初めのうちは適当にあしらい相手にしなかったが、あまりのしつこさについ手を出してしまった。待ってましたとばかりにそいつらは刃物を取り出し、脅しをかけて来た。どうやら誰かに頼まれてやっているらしいことがわかった」


「まさか、昼間の意趣返しにヒューガンが──」

 なにかを察したようにフェリップが呟く。


「恐らくそうだろうが、証拠があったわけじゃない。刃物を見たわたしは身の危険を感じて、その場を逃げようとした。その時チンピラの中の一人がいった一言が、わたしの中の感情の箍を引いてしまった。〝逃げるのか、お前が逃げればダイレナとかいうお姫さまがどうなっても知らねえぞ。一旬も行方不明になった挙句、目も当てられねえ淫売になって帰って来るかもな〟それを聞いた瞬間、わたしは相手に襲い掛かっていた。気付けばそこに居たすべての人間が地に伏していた。その中の三人はぴくりとも動かず、息さえしていない。その時になって我に返ったわたしは、自分の仕出かしたことの重大さに気付いた」



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