第二章 草原の戦い 1-6
自陣目がけて突進してくる敵を見て、兵たちは戸惑った。
何故ならば聖龍騎士団第五大隊を追い抜き、全力で駈けて来るのは味方であるはずの「玄象騎士隊」だったからである。
「おい、あれは何だ。どうして玄象騎士隊が俺たちに向かってくる」
灰色の甲冑に緑の五枚の羽が放射状にあしらわれた鎧、紛れもない玄象騎士隊である。
対応に慌てている兵になどお構いなく、騎士隊は次々と突き入ってくる。
「ゆけゆけっ、われらの目当ては卑劣なるオルキュラスとウル―ザ、更にその後ろにいるヴィンロッドだ。ガームさまの無念を晴らせ、無惨に見捨てられて死んで行った友の恨みを返すのだ。力尽きるまで戦いを止めるな」
大声で叫びながら、中隊長オーパーが次々と敵を屠って行く。
いつの間にかこのオーパーが、玄象騎士隊の指揮官のようになっていた。
「裏切りだー、味方から裏切りが出たぞ」
「玄象騎士隊が裏切った、他にもおるかも知れん油断するな」
「気を付けろ、どの隊が裏切るか分からん。怪しい動きをするものは構わんから突き殺せ」
裏切りという言葉に、敵前線は一気に混乱に陥った。
味方からいつ後ろを襲われるか分からない恐怖で、兵たちは疑心暗鬼となり、各所で同士討ちまで始まった。
「敵は浮足立っているぞ、一気に本陣まで駈け進め。アイガー家の名誉にかけて兄アームフェルの仇はわれらの手で取るのだ、他の隊に手柄を譲るではないぞ」
鬼神の形相でデオナルドが叫び続ける。
勢いに乗った玄象騎士隊に続き、第五、第八大隊も敵本陣の最短距離を目指すが、いくら前面の兵を斃しても、次々と新手が現れ一向に近づくことさえできない。
突撃の勢いがやがて弱まると、敵の反撃が徐々に始まる。
さすがにその頃になると敵も、裏切ったのは玄象騎士隊だけだと気づき始めた。
「裏切ったのは玄象騎士隊のみだ、惑わされるな、同士討ちをするな」
「まずは裏切り者どもから殲滅せよ。相手の数は少ない、大人数で取り囲み確実に突き殺せ。矢は使うな、味方に当たってしまうぞ」
数で劣る側は、包み込むような波状攻撃を受け兵を損耗して行き、大きな塊が分散され、小人数ずつ取り囲まれて撃滅させられてゆく。
まず最初に壊滅したのは、玄象騎士隊であった。
あまりに突撃の勢いが急すぎて、後続の隊と完全に距離が離れてしまっていた。
しかし孤立無援になりながらも戦意は高く、前へ前へと突き進む。
「われら玄象騎士隊は叛乱軍にあらず、義と恩情によりトールン軍にお味方いたす。兵を謀り使い捨てにする非情な旧主ヴィンロッドに一矢報いるのが望みだ、関係のない隊は道を譲られよ。邪魔立てすれば容赦はせん」
返り血で顔を赤く染めたオーパーが数騎の騎馬兵を引き連れ、声高らかに叫びながら馬を進める。
「裏切り者どもめ、この暁騎士団のジェルムが一人残らず退治してくれよう」
カーラム・サイレン家に所属する暁騎士団の総騎長ジェルム伯爵が、美々しく飾った馬に跨り、いかにも貴族然とした佇まいでオーパーの行く手を遮る。
「笑止。お前らごときカーラム家の青瓢箪がなにをほざく、わが剛直なる玄象騎士隊に適うか、いくら馬を飾り立てても腕までは飾れぬぞ。テームスの大郷士・豪勇ガームさまに日々鍛えられし、オーパーの戦薙刀の手並みを受けてみろ」
血にまみれた赤鬼のような顔で、敵将のジェルム伯目がけて馬を寄せる。
「小癪な郷士風情が、槍の錆にしてくれるゆえ掛かって参れ」
撃ち合うこと数度、ジェルムが体勢を崩し落馬する。
「その首貰ったー」
馬上から相手の首目がけて戦薙刀を振り下ろす瞬間、横手から繰り出された巨大な星球が付いた鎚矛を胸にまともに喰らい、オーパーは血反吐を撒き散らしながら馬から吹っ飛びそのまま絶命した。
「大丈夫かジェルム殿」
「おお、フロイ殿か。すんでの所で命拾いいたした、感謝いたす」
ジェルム伯の誠実そうな顔が、安堵の表情を見せる。
「最後まで油断召さるなよ、勝ちの決まっている戦で命を落としてはなんにもならん。一騎打ちなどせず取り囲んで討つことです」
そこに現れたのはザンガリオス六勇将の一人、長身のフロイ子爵であった。
「本当にかたじけない、故郷ではわたしの帰りを待っている妻子がいる。貴殿は命の恩人だ、生涯このご恩は忘れませんぞ」
「なあに、戦場では相身互い。お気になさるな」
フロイが涼風のような笑みを浮かべる。
このようにして玄象騎士隊は各個撃破され、次々と斃されて行った。
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